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いつもの関節技とは違った。
馬乗りになって両手首を拘束し、服を乱暴に捲り上げられる。暴れて蹴り飛ばそうとしたが、足もロックされて見動き取れない。
首筋、肩、鎖骨からその先へ。
皮膚を噛みちぎらんばかりに弟が歯を食い込ませる。
時折肌を這うようなぬるい感触に、気が狂いそうになった。
叫ぼうにも恐怖で声が出ない。
なぜ、なぜ、どうしてこんな事をする?
私を痛めつけたいなら、気の済むまで殴ればいい。陸上部の脚をへし折るだけでも、十分な報復になるだろう。
よりによって、どうしてこんな方法で、報復を試みるのか。
憎まれているならいっその事、殺された方がまだマシだーー。
○
『ねえちゃん、ごめん。やりすぎた』
うろたえた様子の弟が、溢れ出す涙を指で拭おうとしている。
『ここまで脅かすつもりはなかったんだ』
何度も“ごめん”と繰り返し、ポケットから取り出したハンカチで濡れた頬を拭き取った。右手はあやすように私の髪を撫でる。
もう、何がなんだか理解できない。
「……さっきのは、脅かしてただけってこと?」
かすれかすれだが、何とか言葉を紡ぎ出せた。
『少しビビらそうと思って……』と決まり悪そうに呟くが、肌には噛み痕やら発疹のような大量の変色が残されている。
「……服を捲くりあげてまで噛み付く必要あった?」
「服ごと噛み付く奴なんて普通いないだろ?」
不思議そうに答える弟が宇宙人のように思える。そもそも“普通”の弟は姉に噛み付いたりなどしない。
この機会にはっきりさせるべきだろう。異常なスキンシップは犯罪である事だと認識して頂きたい。
「あのさ、もし知らないんだったら教えるけど、いくら家族でも押さえつけて噛み付いたりキスしたり舌をねじ込んだり人の体をドット柄にするのは性的虐待になるからね。さっきのは完全にアウト。賠償金払ってもらうレベルだから。てか、払え」
ゆっくり距離を取りつつまくし立てる。当の本人はキョトンとした顔で『ねえちゃんもやってたのに?』と奇妙な事を呟く。
「俺の顔にやたら噛み付いたり、ポッキーのチョコの部分だけ舐めとって無理やり食わそうとしてきたり、味がしなくなったガムを押し付けたり、松の木に括り付けたりーー」
「あっ……その節はごめんね! でも全部幼少期だからもう時効じゃないかな?」
「2週間前には人の教科書に卑猥な雑誌の切り抜きを挟んでたし、俺の写真に裸体の男を合成した画像をどこかに転送したのを今日発覚したけどな?」
再び目が据わり始めたので、床に頭をこすりつけて謝った。画像に関してはガチでアウトだったと猛省している。
「……まあ、簡単には許せないけど、ねえちゃんの奇行は特性みたいなもんだから、甘んじて受け入れるよ」
幾分穏やかな声で話す様子に、ホッと胸をなでおろす。まだ発覚してないイタズラは後々回収しておこう。
『だからさ、これからも“仲良く“していこうぜ。アンタの奇行に付き合えるのは俺ぐらいだよ。
……間違っても、他の男と普通に付き合えるなんて思うんじゃねぇぞ?』
ゾッとする笑みを浮かべて私を両腕の中に閉じ込めたブラザー。
その凄まじい執着から是が非でも逃げ切るべく、進学先は女子寮完備の強豪大にしようと密かに決意した。
END
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