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「夢じゃなかったんだ」
「とぼけないのよ、ぼく。三年たったら、おこずかいをもらいにくるわよと言っておいたでしょう。それなのにあいかわらず元気がないわね」
少し腹立たしそうに女神さまがぼくに言った。前髪は長く、目鼻立ちの整った美しい女神で、人の年の頃なら二十五、六歳くらいだ。その女神は不思議とうしろを見せようとしない。三年前もぼくがよそ見をしているうちに消えていた。ぼくはその女神さまがあらわれるまでは、てっきり夢だとばかり思っていたんだ。
それはたしかぼくが小学六年生の頃、三年前の夜中だったと思う。 ぼくはともだちと喧嘩してしまって、とても落ちこんでいた。ひとより傷つきやすいのか、ちょっとしたことでドキドキしてしまっていつも失敗ばかりしてしまう。そして眠れない夜に、ベッドのうえで、小学校のときにどこかで読んだ、神さまの話を思いだして、神さま、ぼくがもっと強くなりますようにと祈っていたら、突然美しい女神さまがぼくの前にあらわれたんだ。
「ぼくなの、私を呼んだのは?」
ぼくはビックリしてしまって声もでなかった。だって、まさか本当に神さまがあらわれるなんて思っていなかったんだから。ぼくはきっと夢をみているんだと思った。
「今日の今の時間は、聖なる月の時間なのよ。たぶん、偶然ぼくが祈った時間とピッタリだったのね。さあ、なんの願いなの?」
ぼくは、口を大きくあけていたんだろう。「ぼく、どうしたの? ポカーンと口をあけちゃって」
そう言って、女神さまはぼくの頭をやさしくなでてくれたんだ。そうしたら急におちついてきた。
「ぼくの……願いは、落ちこみやすい性格を変えたいということなんだ」
「そうなの、それならぼくの辛さを少しずつ感じるようにしましょう。けれどもただではなくて、あとで返してもらうのよ」
と、変な話をしてきたんだ。ぼくはどうせ夢なんだからと、なにも考えることもなく、わかったよとオーケーした。ぼくはそれからひどく辛いできごとに出会っても、心の痛みが少しづつ感じられるようになっていた。それから三年がたって、ぼくが中学の入学式の日の夜、女神がぼくの前に再びあらわれたんだ。
「ぼく。君はさ、夢だけは大きいから見込みがあると思っていたのに、ほんとうにあてがはずれたわ。あなたが約束したことには、リソクというものがあるのよ」
「リソクってなに?」
「ぼくがお母さんのお手伝いをしたときにもらえるおこずかいみたいなものよ。ぼくが幸福な生活を送ることが、リソクを私にわたすことになるのよ」
「そう、人の喜びがあなたのおこずかいなの?あなたはいったいなんの神さまなの?」
「秘密よ。話すと人間って、私の弱みを″つかんで″無条件に望みをかなえようとするんだから。とにかく、リソクを私にわたさないと、まえの性格にもどしたうえ、もっと大変なことになるわよ」
そう言われたぼくは、あと三年の猶予をもらうことにした。そしてぼくが一瞬目をとじた瞬間に女神さまは姿を消していた。
ぼくはその日以来、死に物狂いで勉強をやり、スポーツをして、友達も多くつくったんだ。そして、学校でも成績がよくなってきた。ぼくなりに納得できる生活。これならいつ女神があらわれても安心だ。だけど、サッカー部のキャプテンになって、大会で優勝するという夢はまだかなえていない。そして中学三年生になり、テレビゲームをしていたときに女神はぼくの前にあらわれて、
「お久しぶりね。きちんと返してもらったわ。リソクも十分いただいたわ。ところで、今度は幸福の貯金をしてみない。リソクはあなたの夢をかなえる幸運よ」
女神さまはまたもや変な話をもちかけてくる。ぼくは前から女神さまの髪の毛が気になっていた。前髪がふさふさしていて、うしろがまったくみえない。背中をみせようとしない女神さまにも好奇心がある。だから、ふと前髪をつかんでうしろをみようと思いついて、力まかせに女神さまの前髪をつかんだんだ。
「痛いわ、あまり強くつかまないで。だから人間って嫌いよ。ぼく、最初から私の正体がわかっていたのね。もういい、ぼくの夢をかなえてあげるからその手をはなして!」
女神さまはぼくをにらみつけるや、はじめてうしろをむいて消えていった。女神さまの後の頭には髪がなかった。手に残った髪の毛も、突然金色に輝いて消えていった。『幸運の女神には後ろ髪がない。だから前髪をすばやくつかみなさい』ぼくはふと、そんな言葉を思いだしていた。
(了)
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