烙印

8/8
前へ
/8ページ
次へ
 私は5年前に家出をした。同世代が集まる夜の街への好奇心と、ちょっとした親への反抗心からだった。  本当に子供だったと思う。何のあてもないのに、他の子みたいに一晩を過ごせると思っていた。でも終電間際のシネシティ広場で、私は溶け込むことも出来ず隅でカバンを抱えて突っ立っていた。  やっぱり帰ろうか。今なら終電に間に合う。そう思い始めた時、男が声をかけて来た。顔にかかるアルコールに眩暈がして怖かった。ただ黙って俯いているだけで、やり過ごせるわけがなかった。  男が体を近づけてくるのを避けているつもりが、徐々に人目の少ない壁側に追い込まれていた。すると別の男が近づいて来た。オフショルの肩に嫌な汗が浮かんで、もう怖さで動けなくなった私の耳に「困ってる?」と優しい声が聞こえた。  私は頷くのが精一杯で、言い争いをはじめた隙に逃げ帰った。そしてSNSで、私を助けてくれたらしい男性が傷害事件で逮捕されたと知った。  どうして私を助けた人が。幼き行いの後悔が、拭えぬ過去の罪悪感に変わった。そして私は正しい人を救える人間になろうと決心した。そして警察官となって新宿歌舞伎町の生活安全課に着く事ができた。  行き場を失った少年少女を救うなんて思い上がりかもしれなかった。でも5年前に私が巻き込んでしまった男性のような人を出さない為にも、全力で少年少女の声に耳を傾け、行き場を見つけてあげたいと思っていた。  さっきの男性を探したのも、女子高生が聞いていた会話から前科があると推測がついたからだ。その為に職に就けない人も多い。ましてや手を出そうとしない人が助けに入るなんて、それだけの心根がある人のはずだ。力にならなきゃと思った。名刺は渡せたし、連絡は来るだろうか。  こうやって一歩ずつ。いつか5年前に助けてくれた男性と出会えた時に、今度は私が力になれるくらいに成長していたいと思った。 〈 烙印 終 〉
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加