烙印

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 今更痛みを感じて動けない俺に、兄貴が水を買ってきてくれた。柵にもたれ座り込んだまま二人で並んで飲んだ。 「ごめん兄貴」 「あ? 俺は顔蹴られて水買っただけだぜ」  兄貴は声を出して笑った。それだけで救われた気がした。 「兄貴どっか行く途中だったんじゃ?」 「ああ。焼き鳥が食いたくなって、店を物色してただけだ」 「それって……」 「いくら探してもらっても見つからねえからよ。自分の足でと思ってな」 「ごめん」  ずっと気にかけていてくれたんだろう。それなのに俺には言葉が見つからなかった。 「いいさ。お前もムショ出て色々あったんだろ。自己犠牲タイプだからな」  兄貴は俺の顔を見ると、くしゃりと笑った。距離を置こうとした事も、さっきの女子高生の事も、全部兄貴にはお見通しだったのかと俺は悟った。  突然明かりに照らされて、俺達は目を守るように手をかざした。もう逃げ出す体力は残っていなかった。 「さっき、あっちで女子高生を助けてくれた人たちかな?」  それはライトをかざした若い女性だった。俺も兄貴も気を張り詰めて何も言わずにいた。 「私は生活安全課の清原(きよはら)果耶(かや)です」  女性はしゃがんで名刺を差し出した。少し躊躇して俺がそれを受け取ると、今度は手帳を広げて見せた。 「俺達を追ってきたんですか? 俺達は悪い事はしてない」  血の付いた自分を示すように俺は腕を広げた。隣の兄貴は女性警官を見据えたまま黙っていた。 「そうじゃないんです。これ落ちていたから」  慌てて女性警官は茶封筒をだした。それは今日俺が稼いだ全財産が入っている封筒だった。 「あれ?」  俺は自分のポケットをまさぐったが、封筒があるはずもなかった。 「ど、どうも」 「これ日給ですよね」  ああ、やっぱり詮索が始まった。俺は兄貴の肩に手を置いて立ち上がろうとした。 「女子高生から話は聞きました。ありがとうございました」  女性警官が深々と頭を下げたので、俺も兄貴も驚いて動きを止めて目を見合わせた。 「なんで、あんたが?」  兄貴が女性警官に質問した。頭を上げた女性警官は笑顔だった。 「嬉しくて。あなたたちみたいな大人がいてくれる事が。お二人にとっては、仕事でも任務でもないじゃないですか。通り過ぎたって誰にも文句は言われない。それなのに、こんなになってまで。私は警官である前に、一人の人間として尊敬します」  俺も兄貴も、あまりに不慣れな状況に面を食らってしまった。どう反応したらよいものか分からないまま「ど、どうも」と間の抜けた返事をした。
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