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旧校舎には誰もいなかった。
かぎの壊れた入口から俺たちは中に忍びこんだが、床にはうすく埃がつもり、あちこち寂れている。シンと静まり返っていて不気味だ。
「……なあ、本当にいくのか?」
三階女子トイレを目指して階段を上る猫宮の背中に、俺はそう声をかけた。
「うん。行くよ」
「だが、俺が女子トイレに入ったら事案じゃないか……」
「もうだれにも使われてないんだから大丈夫だよ」
まあ言われてみればたしかにそうなのだが、それでも男子が女子トイレに足を踏み入れるというのは、外聞が悪すぎるし、ちょっと、いやかなり気が引ける。
というか、本当に姉妹の霊がいたらどうしたらいいんだ……。10代で死ぬなんてごめんだぞ……。
やがて、三階にたどりついた。
場所を知っているのか、猫宮の足取りに迷いはなく、階段を上りきると廊下を真っすぐに進み、くだんの女子トイレの前まで俺たちはやってきた。
「……誰もいないみたいだね。電気ついてないし、物音もしないし」
女子トイレの入り口から手洗い場をのぞき見て、猫宮まなつが淡々と感想を述べる。
「先客がいるかとも思ったけど、こんなところに来るの私と君だけだよね」
「俺はお前につれてこられたのであって好きで来たわけじゃない」
「好きで来たらヘンタイだもんね」
ため息が出た。
それにしても納得がいかない。納得がいかないのはヘンタイのくだりではなく、俺がここにいることについてである。
なぜ、高校生にもなって学校の怪談を検証せねばならんのか。そういうのは小学校までで卒業してくれ。あと普通に気味が悪いから、何もないんなら早く帰りたいんだが?
「お邪魔します」
そうこうしているうちに彼女はスタコラと女子トイレに入っていった。
もう使われてないといえ、足を踏み入れるのはさすがに気が引けたので、俺は入口のところまでで立ち止まる。
ここからだと鏡と手洗い場しか見えず、個室の扉までは確認できない。
「音、しないね」
ややあって猫宮まなつは言うのが聞こえた。いかにも。蛇口から水がしたたり落ちる音さえしない。
「実際、音がしたら怖いと思わないのか?」
「君がいるから平気だもん」
「……どういう意味だ」
「身代わりにして逃げるって意味」
「俺はもう帰る」
それが小一時間かけて問題を教えてやった俺に対する態度だというのか。
きびすを返そうとした。
そのときであった。
ぎし……。
俺は息を呑んだ。猫宮まなつも同様だった。
一番奥の個室からなにかがきしむ音が聞こえたのである。
俺は、音がした方向を振り向いた。
猫宮まなつの顔から表情が消える。おそらく俺も同じだっただろう。
俺たちはその場から動けなかった。
ぎし、ぎし…………ぶち……。
ロープの繊維が切れる音までしだした。猫宮まなつがつぶやいた。
「一番奥の個室だけ鍵かかってる……」
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