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「ねえ、猫宮のやつ超びびってたって。加奈子と菜穂から電話きた!」
教室といるとき同様、地声がでかいので、車道を挟んでも話の内容が筒抜けだった。
……どういうことだ?
「何? 何の話それ?」
「ほら、学校出る時、猫宮がうちのクラスの男子と歩きながら、旧校舎いくとか言ってるの聞いたから、先回りしておどかすってやつ!」
「ああ、あれ! マジでやるとかヤバ!」
「ちょっとロープの音鳴らしたくらいで大げさ~ってめっちゃ笑ってた」
「ガチ? ひっど。アレまじでやったの? やばくない? そんなイタズラしたらウチらが姉妹の霊に呪われちゃうよ~?」
「へーきへーき、ほかには何の音もしなかったって言ってたし。きっとあんな怪談うそなんだって」
「夜とかじゃないとダメないんじゃね? 皆で今度行こうよ。雰囲気アリそーだしさ」
「勇気ある~。それにあんたこの間、猫宮にぜんぜん違うテスト範囲教えてたし。ただでさえ馬鹿だからあいつ赤点とっちゃって超うける」
「でしょ。ノートも教科書も隠しといたわ」
下品な笑い声が上がる。
俺が隣を見ると、猫宮まなつは俯いていた。
この段になってようやく分かった。
猫宮まなつが教科書もノートも出さず机に突っ伏して授業を受けるのも、友達がいないのも、いつも無表情なのも。
猫宮まなつはいじめられていたのである。
俺は命を絶つことを考えるようなつらい経験をしたことがない。が、猫宮まなつがされていたのと同じことが自分の身に降りかかったら、もしかしたらそういうことを考えたかもしれない。
そして彼女は、俺の隣の席の机に突っ伏しながら、なにを考え、どんな気持ちでいたのだろう。
もし、猫宮まなつがあのトイレで首を吊った幽霊のようになったら、彼女らはどう責任を果たすつもりだったのだろう。
猫宮は静かに泣き出した。通行人がちらちらと見ていた。俺はどうしたらいいのかもわからずに、猫宮の背中を数回なでてやるのが精一杯であった。
猫宮は、なぜ俺についてきてもらってまで、姉妹の霊が出るという旧校舎の三階女子トイレに行きたがったのか。
荷物かけが軋む音などをきいたら、呪われて首を吊りたいという衝動に駆られるのことだったし、もしかすると、猫宮は自らの命を絶とうと思ったが、勇気が出ず、姉妹の霊の呪いの力を借りようとしたのではないか。
そんな風に考えてしまうのは俺の邪推だろうか。
その後、彼女らが完全に立ち去るのを待ってから路地から出た。
俺は、静かに泣いている猫宮をほうっておくこともできず、彼女の家まで一緒に歩いて送ってやることぐらいしかできなかった。
猫宮まなつが泣きながら帰宅してきたのを見て、彼女の親御さんは大層驚いていたが、俺がさっきあったことを報告すると涙をにじませ、玄関先で猫宮まなつを抱きしめた。
翌日の終業式。猫宮のいじめっ子は学校に来ていなかった。
きっと、猫宮まなつの母親が学校に連絡をしたのだろう。猫宮は、きのう泣いていたのが嘘のように平常通りの顔で俺の隣の席に座っていた。
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