ラストゲーム -夏の日の少年-

1/8
前へ
/8ページ
次へ
 彼女は祈りをささげるかのごとく胸の前で手を組み、目を閉じていた。  大きな歓声で包まれる甲子園のスタンドで彼女――池上彩花(いけがみあやか)――は、額に浮かぶ汗を拭うこともなく、彼と同じ空間に居るというのに彼の姿を見ることもできずにいた。 『さぁ4192校の頂点に立つのはどちらの高校なのか! 夏の甲子園決勝は九回の裏をむかえます。横浜第一高校の左腕エース・二宮がそのマウンドに向かいます!』    試合は二対一で、横浜第一高校が一点リードしていた。横浜第一高校のエースである二宮の投球数は122球に達していた。35度を超える炎天下の中で投げぬいてきたその細身の体力は、もはや限界に近づいていた。  二宮は、投球練習でも軽くボールを投げるにとどまっていた。 『この九回裏を抑えて横浜第一が初の栄冠に輝くか、それとも逆転し、春夏連覇を大阪翔院が果たすのか、大阪翔院は八番・宮下からの打順となります』  彩花は耳に付けたイヤホンから試合の実況を聞いていた。  九回裏、八番からの打順――、ああ、二年前と同じだ、彩花はそんなことを思っていた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加