2.流るる大河の畔で

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 大小さまざまの角の削れた石が転がる河原で、小夏はきょろきょろとお目当てのものを探して歩いた。乾いた流木を見つけては手に取り、気に入らないものはぽいと辺りに投げ捨てる。気に入ったものは小脇に抱えて持って帰るのだ。  そして暇な時間にそれを小刀で削って、小さな花受けにして飾っている。一度女将に「みっともないからやめろ」と言われたこともあるが、小夏にはこれくらいしか楽しみがないのだ。 「ああ、あれなら良さそう」  視線の先に手頃な大きさの流木を見つけた小夏は、小走りで近寄ってそれを持ち上げた。しかし、その木は見た目よりも案外重い。流れ着いたばかりで、まだ水分が抜けきっていないのかもしれない。  半分に折ればいいかしら、と考えた小夏は、細長い流木の端を下駄の歯で押さえて、もう一方の端を両手で持って力一杯折り曲げた。  ばきん、と小気味良い音を立てて流木が真っ二つに割れる。しかし、それと同時に小夏の右手に鋭い痛みが走った。 「いっ……!」  顔をしかめて、思わず手にしていた流木を放る。右手を見ると、親指の腹に深々と棘が刺さってしまっていた。  さて、困った。これでは今夜のお勤めもままならない。  小夏はひとまず、その辺にあった大きな石の上に腰を下ろした。棘の刺さった箇所をよく見てみると、じんわりと血が滲んでいる。  左手の指先で棘を抜こうとしたものの、利き手ではないからどうもうまく掴めない。下手に弄ったら余計に深くまで入り込んでしまいそうで、小夏は困り果てて天を仰いだ。 「おい、あんた。こんなところに座りこんで、どうしたんだ」  小夏が振り向いた先にいたのは、味気ない真っ黒な着物に身を包んだ青年だった。  青年は訝しむように眉間に皺を寄せながら小夏を見て、それからもう一度「どうしたんだ」と低い声で尋ねた。はらりと、青年の黒髪が風に揺れる。 「ちょっと、棘が刺さってしまって」 「棘? どれ、見せてみな」  答えると、青年は小夏のすぐ隣にどかっと腰を下ろした。ふいに近付いた距離に、小夏は警戒することも忘れて痛む右手を差し出す。 「あー、これか。痛そうだな。抜いてやるから、じっとしてな」 「え……」 「仕事柄、こういうのは俺もよくやるんだ。それにしてもあんた、こんな細っこい腕で何をしようとしてたんだ?」 「あ、えっと……その木を、持って帰りたくて、折ろうとしたの」 「木を? ははっ、あんた変わってるな」  青年は嫌味なく軽快に笑うと、小夏の右の手首を自分の左手で持って、それからじっと棘の刺さった場所を凝視する。そして、右手の人差し指と親指の先で棘の飛び出た先端を掴んだかと思うと、迷いなくそれを一息に抜き去った。 「いたっ!」 「悪い、痛かったか。でも、ちゃんと抜けたぞ」 「え……あ、ありがとう」 「家に戻ったら綺麗な水で洗うといい。包帯巻くほどじゃねえとは思うが、あんまり痛かったらおさんどんはやめておくんだな」  ありがとう、と小夏がもう一度礼を言うと、青年ははにかんだ。  声こそ低いが、背格好や顔立ちからして自分とそう変わらない年齢であろう。小夏は勝手にそう予想して、隣に座る青年に話しかけた。
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