2.流るる大河の畔で

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「もしかして、余所から来たの?」 「ああ、昨日ここに着いたばかりだ。よく分かったな」 「だって、初めて見る顔だもの。わたし、この河原には三日にいっぺんは来るのに」 「ははっ、そんなにか。いつも木を拾いに?」 「そう。たまに石なんかも拾うけど」  青年はまたおかしそうに笑った。  無表情だと冷たく見える青年の顔が、笑うと急に幼くなるのが面白い。青年もまた河原で木や石を拾う妙な女に興味を持ったのか、足元にあった手頃な石を川に向かって投げながら小夏に聞いた。 「俺は、葉月宗次郎っていうんだ。あんた、名は?」 「あ……ええと、小夏といいます」 「小夏か。今の時期にぴったりだな」 「ええ、まあ」  小夏が少し言い淀んだのは、それが己のまことの名ではないからだ。  しかし、青年──宗次郎は特に気に留めるでもなく、また話を続けた。 「しかし、この町は異様だな。噂に聞いてはいたが、本で見た徳川時代の町並みそのものだ」 「そう……ですか?」 「ああ。そっくりそのまま再現して造られたんだから、当たり前といえば当たり前なんだろうが」  小夏も宗次郎の真似をして小石を拾ってみるものの、それを放らずにきゅっと手のひらに握りしめる。  宗次郎の話の意味が分からないわけではないが、それは小夏が知識として得たものだ。彼のように、己の身で実感したわけではない。  外の世界では、古くから残されてきたこの国らしい建物は壊され、代わりに異国風の建築物がそこかしこに建っているらしい。道ゆく人の服装も、言葉さえも異国のものであふれかえり、黒船がやってくる前の文化は消されつつあるのだという。  かつてこの国にあった遊廓を模して造られた夕霧町しか知らない小夏に、その異様さが分からないのは当然だった。 「あんたは、この町に来て長いのか?」 「うん、まあ……」 「そうか。じゃあ、また色々と教えてくれ。何せこの町は、面倒な決まり事が多いらしいからな」  宗次郎はそう言って立ち上がると、「今度はいつ来る?」と小夏に向かって問うた。彼はまたこの河原に来るつもりなのだと悟って、小夏は慌てて答える。 「あ、あした」 「明日か。ははっ、本当に通い詰めてるんだな。じゃあ、明日もこの時間に来る」 「あ……そ、それじゃあ、棘を抜いてもらったお礼をさせてくれる?」 「礼なんていらねえよ。ああ、帰ったら綺麗な水で洗うんだぞ、忘れるなよ」  最後にもう一度小夏に言い聞かせて、宗次郎は踵を返した。  どんどん遠ざかっていくその後ろ姿をじいっと見つめながら、小夏は握りしめたまま行き場を失った小石をぽとりと足元に落とす。  男の人と、店の外で会う約束をしてしまった。
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