3.お外の世界

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 小夏がぴしゃりと言い切ると、再び小鶴の眉が寄った。  同じ遊女とはいえ、小夏と小鶴とでは越えることのできない大きな隔たりがある。それを理解しているからこそ、小鶴はそれ以上何も言えなくなった。  小夏の母もまた、緋波屋の遊女であった。  金に困った父母に売られ、この夕霧町にやってきた母は、ここ緋波屋で春を売って生きていた。そして何年か過ぎたのち、どこぞの大店の主人に気に入られ落籍(ひか)れていったらしい。  そして、落籍れてすぐに母は小夏を身ごもった。血の繋がった子のいなかった主人は大層喜び、日に日に膨らんでいく母の腹をいとおしそうに撫でたという。  しかし、小夏が生まれたその日から、母の幸福な日々は壊れた。  産まれてきた小夏の体に、陰と陽――男女両方の印が見えたせいだった。  かくもおぞましい子を産むなんて、と、それまで母を寵愛していたはずの男はいともたやすく態度を変えた。  だから女郎を妾にするのはいやだったのよ、と、後継ぎが生まれるとはしゃいでいたはずの義母は母をこれでもかと罵った。  見世物小屋にでも売ってしまえばいい、と親族たちがこそこそと話し合う声を襖越しに聞いた母は、何も知らずに眠る小夏を一人抱きしめ泣いた。  それからすぐに、母は産まれたばかりの小夏を抱いて密かに男の元を去った。  そして、ようやっと抜け出したはずの夕霧町に舞い戻り、緋波屋の大旦那に泣きついて言ったのだ。なんでもするから、どうか私とこの子をここへ置いてくれ、と。    母は、産後の肥立ちが悪かったせいかそれから間も無く床に臥し、そのまま静かに息を引き取ったらしい。だから小夏は母のことを覚えていないし、自分の生い立ちも大旦那や女将から伝え聞いただけだ。それでも、自分のせいで母の人生を狂わせてしまったという自責の念だけは、小夏の頭を一時も離れることなく呪縛のように纏わりついていた。  そういうわけで、小夏は首もすわらぬ赤子のうちから、この町の空気だけを吸って生きているのだ。いつか年季が明けたとて、外の世界で生きていくすべを知らない。他の遊女たちはいつかこの町を出ることを夢見て働くが、小夏にとっては夕霧町(ここ)を去らねばならない時が来るのが何より恐ろしかった。 「でも、小夏姐さん――」    小鶴が何かを言おうと口を開いたそのとき、階下から小夏を呼ぶ声がした。この店の女将の声である。 「女将が呼んでるから、もう行かなくちゃ」 「……小夏姐さん。昔と違って、店の外で男の人と会って少し喋ったくらいじゃあ折檻されたりしないよ。その人と会うのは今日限りなんて、言わないでよ」 「え……ど、どうしてそこまで気にするの?」 「だって、あんな嬉しそうに話す小夏姐さん初めて見たもの。姐さんの喜ぶ顔が見たいって、うちが思ったらいけない?」  どこかむくれた小鶴の言葉に、小夏はすぐに返す言葉が浮かばなかった。  そのうち、階下からもう一度小夏を呼ぶ声が聞こえてくる。はあい、と慌てて返事をして、小夏はささっと身なりを整えてから階段を降りていった。
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