絶対なる掟

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絶対なる掟

  雨が過ぎ去ったあとの秋風は妙に寒かった。  澄み渡る青空の下……雨上がりの湯気が立つアスファルトの歩道を幼き花凜の手を引きアリサは歩いている……目的地は同県内の別の町にある拘置所だ。   「おかあさーん」   「なに?」   「拘置所ってどんなとこ?」   どう答えていいか迷い咄嗟に歩くのを止めた。   裁判で死刑が確定した者を置く場所と言って4歳の花凜に理解出来るだろうか?、恐らく無理だ。   「そうねぇ」     幼い子供でも悪いこと(犯罪)を起こせば逮捕されるぐらいは知ってるだろう。 この世界ではテレビやスマホなどを通じ容易く情報を得られる。事件を起こし誰々が捕まった等とは日々のニュースを見ていれば分かることである。   「悪いことした人に罰を与えるまで置いておく場所だよ」   刑などの難しいことは分からなさそうなのでかなり抽象的に纏めた。   「そうなんだ……なんか怖そう」   「何にも悪いことしなければ大丈夫よ。何にも悪いことをしなければ、ね」   「元気そうだな、死を纏うヴァルハザク」   不意にモンスターとしての名を呼ばれ警戒するように後ろを振り返ると10代後半程の少年2人と少女が1人立っていた。 左から銀髪の少年、黒をベースに所々に赤い模様が付いた少年、隠しきれてないキュリアを纏い白髪に目の赤い少女……人間の格好をしてるが全員どこか異様な雰囲気を醸し出している。     ―――あぁ。     理由はすぐに分かった。       ―――この人達もあっちの世界から来たのね。   「久しぶりね。原初を刻むメル・ゼナ、悉くを殲ぼすネルギガンテ、奇しき赫耀のバルファルク」 「流石だな。見ただけで私達の正体に気付くとは」 原初ゼナは感心したように腕を組む。 アリサよりも身長が低く、見た目は可憐な少女そのものなのに歴戦の武人のような雰囲気だ。    「っていうか死ハザク変わりすぎだろ。ま、それがこの世界の人間の装いってヤツなのかも知れねぇけどさ」     「いや、この女‥‥キュリアと共生し傀異克服に至ったようだ」     各々話す面々を見てアリサは思わず笑った。   「お母さん、この人達は?」   見慣れない面々と気さくに接するアリサを不思議に思い花凜は訪ねる。   「古い友達よ。大丈夫、お母さんの側にいて」   「うん」         「こいつは驚いた。古龍が人間の子守りをしているとは」   黒髪の少年……悉くを殲すネルギガンテが茶化すように言うと二人を交互に見合わした。 身長が3人の中で一番大きく筋肉質な彼の仕草に花凜は怯えアリサの後ろへと隠れてしまう。   「あまりこの子を怖がらせないで」   少し睨みながら彼に言った。   「おっと、それはすまんな」   全く悪怯れる様子もない口調だ。 誰の目から見ても彼に申し訳ないという気持ちはなくただ口だけの謝罪と写るだろう。     古龍を食らう古龍、ネルギガンテ。 禁忌を覗いた古龍の中では高い実力を誇り、傲慢さだけならその禁忌ですら食らいかねないような猛者である。  特殊個体になってその高慢さには更に磨きがかかっている。   「禁忌でもないくせに偉く粋がった奴だな」   「滅尽龍の種族としての特性なのか……ただ単なる高慢ちきなのか……今は対人間のためにあのお方の元に集う仲間同士だがぶっちゃけ生け簀かねぇぜ」       爵銀龍極と天彗龍極の2人は顔を見合わせ互いに溜め息をついた。彼らだけではなくネルギガンテに不満を持つ古龍は他にも多い。 ある古龍は妻を殺され、またある古龍は彼との縄張り争いが元で命を落としはしなかったもののハンターに狩られ暫く再起不能に陥った者もいるのだ。 ……当の本人はどこふく風だが。     「今度から気をつけて」   溜め息混じりに言った。 だが結局祖龍ミラルーツを経てアリサに命令が下ったとは言え裏で手を引いてるのは一体の龍……人間である花凜も禁忌の紅焔龍ミララースの手駒の1つに過ぎないのが実情だろう。 それはこの3人も同じだ。     「あなた達は何をしに此方へ来たの?」     「お前と同じだ。私達三人も『あの方』のためにこっちの世界で色々仕事をしにきたのだ。来るべく進行の日に備えてな」   「俺たちだけじゃなくて他にもイヴェルカーナやシャガルマガラの奴等もいるけどな。余程あのお方は前準備を徹底させたいらしい」 原初メル・ゼナと赫耀バルファルクの台詞にアリサは少し考え込む。   ―――適合者には中型の鳥竜種をぶつけ、私達古龍種には小間使いを……。     別に裏方の役割を任されたからと言って怒ることじゃ無いが、中型の鳥竜種に任すより生態系を逸脱した存在の古龍(自分達)に任せれば適合者なぞ楽に狩れる。リオレウスの適合者がドスイーオスを倒したからと言って古龍に勝てるわけがないからだ。おまけに無意味に等しいが戦闘経験もロクにない。 しかし今のところ古龍種に積極的に適合者を襲えとの命令は出ていない。 逆らい勝手に戦えば、溶岩島で紅焔龍の灰すら残さない熱き心火が身を焼尽くすだろう。 実際命令を無視したり破ったりしてラースに粛清されたモンスターを何体も見てきた。   ―――まぁ、私自身適合者なる存在は最近知ったばかりだし、ようは彼らと関わらなければいいんだ。   ならば簡単な話。自分は矢先に立たず主に手駒にした人間を暴れさせればいい 問題なしだ。   「準備は大切だからね。私も気をつけなきゃ」     「あと1つ言って起きたいことがある」   奇しき赫耀のバルファルクがピンと指を立てた。     「あの『お方』からまた新たな命令が出た。今の人間達の襲撃の役目を務めるのは中型モンスターだ。それは分かるよな?」   「えぇ」   一週間ぐらい前にルーツに聞かされた。   「こっちの世界にいた死ハザクは分からないだろうから言うが、現在人間の襲撃の役目を担ってるモンスター及び種族以外の『人間の殺害を禁ずる』って決まったのさ」       「へぇ。それはまた。……いつからラース様はその掟を?」   平静を装ってるが内心焦っていた。 ……思わずドキリとした。 昨日後ろの花凜の母親を殺しているからだ。     「今日の日の出だ。まぁ別に人間なんて殺したって何の面白みもないからどうだっていいけどな」   「そう……」   脱力と共に深く息を吐く……今日の日の出という単語に心底安心していた。   「その様子では人間を殺したのか?。だが掟が出来る以前の殺害ならラース様が不問にするって言ってたし案ずるな」     「その言葉信じるわ」   心配するなとでも言わんばかりの原初メル・ゼナの声に次第に焦りは減っていく。 掟を破ったことにはならず一先ず焼死する可能性は無さそうである。   「死ハザク。あくまで私達は人間を殺しちゃ駄目なのであって、手駒にするなとは言われてないし、傷つけるなとも言われてない。要は私達が直接手を下さなければいいだけなのだからな」     「ふふ、そのようだわ」     彼女の意図を察し思わず笑った。 手駒にした人間がどんな行動をとろうがアリサ達には関係ない。 捕らえた猛獣が暴れて犠牲が出ようが、それはあくまで猛獣の行動パターンに過ぎないからだ。 「色々教えてくれてありがとう。助かったわ。またね」     「あぁ。またな」     「じゃあな、ヘマしないようにな」     「何れ我々の番も来るだろうからな。共にその日を迎えよう」   三人と別れ再び拘置所を目指し花凜と歩きだした。 構ってあげられず、花凜が不機嫌な様子が見て取れる。 後でアイスでも買ってあげた方が良さそうだ。     ……別の世界からこの4体の古龍のやり取りを見てる者達がいた。         …………………… ……………… ………… ……   テーブルを挟み互いにソファに二人の男女が腰かけていた。テーブルには大きなタブレットが置いてあり、2人の念写の能力により4人の古龍が写し出されていた。     「あの子達、賢いわねぇ。確かに自分の手で殺すわけじゃないから掟を破ったことにはならないもの」     赤い双眸を持つ、白いドレスを着た少女は感心しながらティーカップに注がれた紅茶を飲んだ。 目の前に座る赤衣の青年も「ククク」と笑う。     「奴等への戒めには充分過ぎたな。これでいい。ゴミ共の処理も数を調整しながらやらなくては、ただ大量に死なれては得られる者も得られなくなる」   紅衣の青年……紅焔龍ミララース人間体はカチャカチャとスプーンをまわした。     「禁忌を除いた古龍の洗脳などたかが知れてる。仮に人間に血を大量に与え肉体強化を促しても精々、並の飛竜の適合者のやや下の強さに至るのが限界だ。最悪多大な古龍の血に拒否反応を起こし死ぬものもいる」     「人間の器じゃ、無理もないわね。もしそれを試す龍が出て人間が死んじゃったら……掟破りとしてあの子達を殺すの?」   ドレスの少女……祖龍ミラルーツの問いにフッと口元が上がる。   「さぁ、どうだろうな。一滴の血で洗脳できると奴等に伝えたのはごく最近。与える血の量に関しては特に掟もないし好奇心が奴等の命取りにならんといいが……」   「やな運任せね。なんだかんだ見知った子達が死ぬのって悲しいし……。あなたの目的の前では小さな犠牲なんでしょうけど」     「まぁな、それにしても……」   ラースは視線をルーツからテーブルに置かれたタブレットに向けた。     「アトラル・カという種族の知能の高さには恐れいる。どいつだかがあっちの世界から持ってきた人間の道具を解析して作ってしまうんだからな」     閣蟷螂アトラル・カは甲虫種に属するモンスターであり、精々並みの大型モンスター程度の体躯で取り分け突出した力を持たないにも関わらず古龍に匹敵する強さを持つ。 その秘密は高い知能によるものだ。 人間達の作った物を取り込み、アトラル・ネセトという超大型モンスター級の大きさの形態を持つのだ。 岩を意図的に防御に使うモンスターにクルルヤックがいるが。備品を集め、自分で接合して強大な要塞に仕上げるのはアトラル・カを除き存在しない。 対峙するハンター含めた人間達からはたまったものじゃない。     「そのうちこっちの世界でもさwifiとか使えるようになったらいいよね」     「ふっ、お前はよほどあっちの人間達の技術に毒されてるな」   別世界の人間の技術を欲しがるルーツがおかしく見え思わず苦笑した。
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