殲滅の鋒先

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殲滅の鋒先

全員に告ぐ……。 我々はこの世界で人類に勝利を納めた。 思えば、奴等がボレアスの住むシュレイドや、アルバの神域、ひいてはミラオスの厄海にまでせめてきたが、奴等の心が完全につぶれるまで完膚なきまでに敗北を味わらせてやったわ。     ……弱い癖に他の生物に奢り昂る人間を許してはならぬ。 この世界からは奴等の脅威は去ったが、俺の亜空の目には、別世界でぬくぬくと暮らす人間の姿を写し出した。 全古龍の長として全モンスターの頂点に立つものとして命令を下す―――  『この世界を人間共から解放しろ。奴等の死を持って』 … ………… ……………… ……………………         もうまた眠ってる。     数学の授業中、大胆不敵に眠る一人の男子に伊里愛 玲里は不安げに見つめた。 このままでは、不真面目な生徒を『怒る』のに定評がある教師、山本に怒られてしまう。     「理雄君ったら…」     心で言ったつもりなのに、小声となって出ていた。 こちらを振り向くクラスメイトを誤魔化すため、コホンと咳き込む。   やばい…絶対顔赤くなってるのバレてる。       いや、それよりも重要なのは、彼の飛高 理雄の名をクラスメイトの前で言ってしまったこと。 同じクラスの姉に今日放課後や家で散々この話題で弄られるのが確定した……。 案の定姉は友達の黐迅と笑いながらこちらを見ている。     うぅぅぅ、黐迅ちゃんまで……。     令里と目があった姉は指でVサインを作って飛びきりの笑顔を浮かべた。 ……Vサインの意図が全く掴めないのはこの際置いておく。   そろそろかな……。   「おい、飛高。今はお眠りの時間じゃねぇぞ」     始まった。 彼の授業で眠ることは死と同義、眠った生徒に指を差し問題を解かさせる。 大抵の生徒はこれをやられると(そもそも眠ってるのだから当然)解けない。 外れたら、その場で小言を5分程度聞かされ授業の雰囲気は最悪となる。 今日の数学の授業が穏やかになるか、ピリピリと緊張漂うものになるかこの瞬間、理雄に託された。     でもまぁ、理雄君なら大丈夫だろうけど。     「よし飛高、この問題を解いてもらおう」     「その問題ですか」   カッ、カッ、と山本はチョークで黒板を叩いた。 「分かったら、黒板に式と答えを書いてみろ」     はい、と返事し迷う素振りも見せず理雄は黒板に向かう。 着いてチョークを手に取ると、スラスラと式を記してってしまった。   「どうでしょうか?」   「せ、正解だ……」   クラス内から響動めきが上がる。 数学の時間に決まって居眠りする理雄を山本が指名し完璧な答えを書くことがこのクラスにとってもはや風物詩になりつつある光景だ。 以前は理雄以外にも寝る生徒がいて指されてたが、山本が理雄を指すようになってからは誰も眠らなくなった。 眠れば自分が指される可能性があるからだ。 山本も授業中に眠る生徒を怒らなければ示しがつかないので毎回理雄を指すしかないのである。 今日も山本は悔しそうな顔を浮かべた。   クラス内から、賞賛の声が上がる中理雄は席に着いて玲里の方を振り向き笑ってサムズアップしてみせた。     ―――トクンッ。   彼の顔に胸が高鳴る。 息苦しさを必死で堪え「やったね」と口を動かした。         ーーーーー       放課後、3年生である玲里達は部活がなく帰りのHRが終わればすぐ帰れる。 教師達は変に用もないのに残ったりせず帰って勉強しろとは言うが守る者は極めて少ない。 玲里も今日は姉二人と一緒に、駅前のクレープをほうばりながら可愛いキーホルダーやプリクラを撮る予定である。 金曜日だから駅前は同校や他校の生徒で賑いそうだ。     帰宅する生徒達に次々、じゃあねと声をかけた。 特に理雄の時にはあんまり寝ちゃ駄目だよと注意を据えると、彼はごめんね、と申し訳無さそうに笑いながら教室を出ていった。   玲里には、3つ子の姉二人と幼少からの幼馴染みを含み9人の親友がいた。   女子は鳴神黐迅、白華紫陽花(はるか)、伊里愛桜花、伊里愛瑠奈の4人。   男子は飛高理雄、大空蒼王(そうき)、白羽根銀陽、轟突 猛、電遊逆人の5人。  この内、理雄と蒼王と銀陽は小さい時から小、中、高と全部一緒だ。 あとの4名には高校に入ってから出会い特に喧嘩したりもせず高3のこの時期まで仲良く過ごしてきた。 ……実を言えば姉二人と、蒼王と銀陽はそれぞれ付き合っている。 桜花は蒼王と、瑠奈は銀陽といったように。 この4人は性格的にも正反対のカップルで、桜花と蒼王のデートは際どい服装やピアス、派手な髪型にしたり、染髪を行うのに対し……瑠奈と銀陽はあまり派手な格好は好まず、図書館や映画舘に足を運ぶらしい。 玲里も私達は3つ子だけど性格は全然似てないと思う節はあるがそれが顕著にカップルのあり方に反映されているのだ。 同じ点は、小さな時から一緒に遊び時間を共有した幼馴染みとしての積み重ねがいつしか、互いを愛する気持ちに変わったこと。 愛の表現は違うが、どちらも愛しあってるのはひしひしと伝わる。 ……それがまた自分が、彼への思いが伝えられ受け入れられるかと不安に繋がってしまう。 「玲里っ!」     ポンッと肩を叩かれた。     「今日の数学は理雄君の名前口に出してどうしたの~?」   桜花だ。 因みにこの3つ子の長女は瑠奈、次女は桜花、末っ子が玲里である。   「ただ、理雄君を起こそうとしただけだよ。いくら毎回答えられるからって内申書じゃどう書かれるか分からないから」   「ん、確かにね。だけど本当にそれだけ?。私にはもっと大切なこと理雄君に伝えたい風に思うんだけど」     分かってるくせに。     「桜花お姉ちゃんの意地悪。……言える勇気がないから苦しんでるのに」     「ごめん、ごめん。でも玲里の後押ししたい気持ちは本当だから。好きなんだよね理雄君が?」   コクりと頷いた。   「うん。でもどうしても理雄君に言えないの……振られたらどうしようって考えちゃって」   何故だろう。 目頭が熱くなってくる。   「そう焦らなくてもいいんじゃないですか」     優しい話し方と共に柔らかい手が玲里を後ろから抱きしめた。   「瑠奈お姉ちゃん」     「ごめんなさいね。貴女と桜花の会話が聞こえたものだからつい。玲里これだけは言っておきますわよ。人を愛する気持ちは尊いものです。だから好きの気持ちを相手に伝える時も悔いが残らず伝えられるようになさい」     「……うん!」     瑠奈の助言のおかげで理雄への告白の決心がついた。 振られてもいいから有りのままの思いをぶつけよう。 メールや電話じゃなくて私の口で直接言おう。月曜日に。   「ありがとう!瑠奈お姉ちゃん!」     「いえいえ元気になったようで何よりですわ。さぁ息抜きに行きましょ」    「オッケーいこ。流石、姉貴だよ」       傷つけることなく勇気付けてくれた瑠奈の存在に二人は瑠奈に尊敬の念を抱いた。    
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