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凶行
「お母さん。あのマンション大きいね」
「真逆の場所だよ。あそこは」
幼い子供の純粋さは恐ろしいものである。
皮肉が上手い大人でさえ、言葉を失い唖然としそうだ。 目の前に立つ建物は人が自分の意思で生活する所とはほぼ対極の位置にあるのに。
……拘置所。
まだ刑が確定してない者や、死刑が確定した死刑囚を収監する場所である。
3体の古龍と別れてから歩くこと約2時間、ようやく拘置所はカミラ達の前に姿を現した。
日は先程よりも高い場所へ昇り燦々と秋の日射しを地表に振り撒く。
この厚いコンクリートに覆われた者達も同じ光景を見てるのか、とふと考えた。
特にこれから自分が会いに行くあの男は……死をどのように待っているのだろう。
「花凛、行くよ」
「うん」
娘の手を引き、面会の手続きを取りに詰所へと向かった。
……………………
………………
…………
……
「諸行無常の響きあり」
限りなく外界の要素が排除された部屋で……囚人服に身を包んだ男は、本を声に出して読んでいた。
取り分け死ぬまでの暇潰しだ。
僅か3畳の独房は最初こそ窮屈さがあったが今では殆んど気にならない。
慣れとは怖い、と思い男は密かに笑う。
そもそも何故死刑になってしまったのか。
顔も知らぬ一家全員を殺めたからだ。幼い子供や年老いた老人も関係なく。
ただそれだけ、マエはあるにしろ死刑に繋がるようなのは1つもない。
暴行や殺人未遂もあの時は少年法という盾が守ってくれたし、かといって「じゃあ殺すか」と思いも湧かなかった。
殺人を犯す数日前……男は少年院から出所したばかりでこれからどうするか、特に行く宛もない状態だった。
少年院で労働して貯めた金はあるものの、はした金だ。
久しぶりの娑婆に出れたのはうれしいがあまり贅沢は出来ない。
―――いざとなったらまたなんか軽い犯罪でもやらかしてムショにでも行くか。
呑気に考え、顔が隠れるように折られた福澤諭吉を数枚ポケットに入れラーメン家へと入っていった。
チャーシュー麺とギョーザを注文したが、長きに渡る少年院生活で薄味のものばかり食べていたがために胃が受け付けず、麺を少し啜っただけで咳き込み殆んど残す結果となった。
「ハァ、飯も酒も口にろくに含めずじまいでもう金欠か」
数日で男の持ち金は小銭だけになった。
食事以外にも金が掛かることはいっぱいある、娯楽だって楽しむにはそれなりの対価が必要だ。
―――そろそろ、計画を実行に移す時か。
短い期間だったが、娑婆とはまたお別れだ。
どうせ次捕まるなら金でも奪い、サツが来るまで遊んでいたい。
獲物を見つけるため、男は街を歩く通行人達を見渡した、目標は裕福そうな身なりの人間だ。
あの婆さんはただの見えたがり、あの爺さんは……。
まるで自分は、金が本当にある人間と無い人間の目利きが出来るのだと言わんばかりに次々と行き交う人々に評価を下した。
―――標的はあの爺に決定だ。
人を評価どころか、ひよこの選別すらしたことのない男だったが、無事刑務所に行くためのキップ(生贄)は見つけられた。
金の腕時計を纏い、羽振りのよいスーツに身を包んでいる……極めつけはその風格。
外見に老いは目立つが、その眼差しは活気と英気が満ち溢れていた。
10代や20代の若者と何ら変わりないほどに。
きっとあの老人は社会的地位が高い人物に違いない……。
小さい頃から悪事に明け暮れたクズである自分が富裕層を襲える機会が巡って来るとは、人生とは分からないものだ。
ひっそりとバレないように……男は老人の跡を付けはじめる。
「お帰りなさいお義父さん」
「ただいま。聖子さん。」
追尾してから約20分。
豪邸に着いた老人は娘と思わしき女性に連れられ家の中へと入っていく。
狭い少年院の壁ばかり見て過ごした男にとって老人の家は物凄く大きく見えた。
―――あのジジイボコって、家の金全部出させるか。
……男の口元が酷く歪んだ。
ドアを蹴破り、事前に購入したカッターナイフを手に家の中へと進んでいく。
でっかい居間へ入ると女性と老人がソファに向かいあって座りながらテレビを見ていた。
「きゃあ!!」
「なんだお前は!?」
突如現れた侵入者に悲鳴があがる。
「見て分からねぇか?。強盗だよ。とりま金出せや。ジジイ」
驚いてる二人に急かすようにカッターナイフを上下に動かした。
「お、落ち着け…!。いくらだ……、いくらほしいんだ…………!?」
あれほど自信満々だった老人が怯える姿を見て妙に笑えてきた。同時に相手を屈服させたのだ、という達成感も心に感じて。
「この馬鹿でかい家の中にある有り金全部だ。何やらあんたと社員が一緒に入った写真もあるし相当金あんだろうなぁ。社長さんよ」
「……社長じゃない。会長だ」
「どちらでもいいさ。偉いのには変わりねぇんだろうからな」
周囲の壁に飾られた、数多の賞状が彼のこれまでの功績を物語っていた。
老人は女性に指示を出し奥の部屋へ行かせる。
すぐ通報されては困るので「通報したらジジイを刺す」と伝え念を押した。
「勿論、あんたのポケットマネーも含まれる」
「……クズめが」
忌々しい顔をし、老人は男に8万円渡した。
その後ろから警戒しながら女性が万札の束を2つ手に取り腫れ物に触れるように男に放る。
「ありがとよ」
笑いながら言うと、玄関へ向かった。
警察が来るまで何をして時間を潰すか考え戸を開けようとした時、「僕が倒してやるぞ!悪人め!」の声と共に背中に鋭い痛みが走る。
「あっちぃ!」
背中から尻にかけて熱さが広がるどうやら熱湯をかけられたようだ。
後ろを睨むと子供がしてやったりと表情を浮かべ「ざまあみろ!」と男に言った。
無邪気で恐れを知らない憧れのヒーローを真似た子供の行動だったが、男を怒らすには充分過ぎた……。
「このガキぃぃぃぃぃ!!」
激昂した男の怒号に続いて子供の悲鳴が聞こえた。
驚いた母親が玄関に向かうと、愛する我が子は血塗れの姿となって横たわっていた。
……呼吸してる様子は一切見受けられない。
「嘘よ、嘘よ……嘘よぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「次はテメェらの番だ」
赤く染まったカッターナイフを持ち男は次の獲物に近づいていった。
……………………
………………
…………
……
『続いてのニュースです。本日X県内で一家6人が殺される凄惨な殺人事件が発生しました。犯人は20歳の住谷寛容疑者で住谷容疑者は少年の頃から多数の犯罪歴があったそうです。犯行日も数日前に少年院から出所したばかりでした』
スマートフォンを手にアリサは当時のニュースの映像を見ていた。
元々住谷は強盗しに被害者宅を襲ったわけだが金を奪い玄関から逃げようとしたところを子供に熱湯をかけられ激怒。
最初に男の子を殺害し、母親、祖父、防音設備が整った別室で仕事をしていた父親、ほどなくして散歩から帰ってきた祖母と孫の女の子の計6人が男の手にかけられた。
面会の手続きも終わりいよいよ住谷に会う。
刑務所という場所は面会するのにも限られた要件を満たした人物しか出来ずアリサは要件を満たしていなかったが瘴気を使って刑務官の思考能力を低下させなんなく通ったのである。
今は面会待合い室で待ってる最中だ。
じっくりと話し合いたいから花凛にはこの部屋で待ってもらうことにした。
寂しいだろうが子供に難しい話や物騒な話はあまり聞かせたくない。
「どうぞ、こちらへ」
刑務官が迎えに来た。
はい。と返事しアリサは後に続く。
遂に自分が目をつけた男と対面するのだ。
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