2人が本棚に入れています
本棚に追加
第3話 正義鉄槌
セイギマンとかいう安直なネーミング。
声色や口調はいつもの晴香とは異なるが、間違いなく彼女だった。
面と向かって他人を否定できない晴香は、お面を被ることでそれを克服するのだ。
「セイギマン、参上!」
「いやホントに誰だよ!普通に怖ぇよ!」
理善の疑問に子分が答える。
「兄貴!セイギマンって言ったらこの町で有名な不良狩りですよ。悪いヤツを見つけては叩き回ってるとか……」
「……いやいやおかしいだろ」
「何がですか?」
「どっからどう見てもセイギマンじゃなくてセイギウーマンだろうが!」
仁王立ちで腕を組むセイギマンを理善は指さす。
どこから吹いているかも分からない風が、セイギマンのスカートを軽く揺らしている。
突然キレる理善を子分の一人が窘める。
「兄貴!トランスジェンダーの可能性も配慮しないと」
「あっ……確かにそうだな。心が男性の可能性もあるのか。すいません突然怒鳴っちゃって!」
セイギマンは小さく首を振る。
「いや、気にしていない。ちなみに身も心も女だ」
「ならセイギマンじゃなくてウーマンだろうがボケェ!」
理善は怒鳴りを、彼女の顔を覆う無表情な仮面にぶつける。
少しの静寂のあと、セイギマンは口を開いた。
「私はそんなことを議論するために来たのではない」
「じゃあ何しに来たんだ?あ"?道でも聞きに来たのか?」
「私は……"悪しき"に"悪だ"と言いに来た」
「は?」
首を傾げる理善に、セイギマンは続ける。
「キミは間違ってる。ぶつかったことはお互い様だ。服の傷も大したことなかった。それなのに虚偽や曲解で相手の罪を勝手に大きくし、卑怯な技で毛や金を毟りとる!これを悪と言わずしてなんと言う!」
ごもっともな正論。ここにいる誰もが、そう思っていただろう。
「ほうほう、なるほどな。つまり嬢ちゃんはこう言いたい訳だ。ろくな髪型してない奴は、ろくな考えを持たない悪者だと……」
そう言いながらわざとらしく頷く理善の目がカッと開く。
「俺の髪型を侮辱するのかテメェはよォ!」
彼はまた見当違いの憤りを露わにした。
子犬をあやすように、リーゼントを撫で始める。
「どいつもこいつも俺のリーゼントを馬鹿にしやがってよォ……。好きな髪型で暮らせないなんて、悲しい世の中になったよなぁ!おい!」
涙を拭うような仕草をした後の顔には、意地汚い笑顔が戻っていた。
「嘆いてばかりじゃ前へ進めねぇ。とりあえず目の前の対立を片ずけるとするか!なぁ!セイギマンちゃんよォ!」
「望むとこだ」
『主張の対立を確認しました。TKJP法に乗っ取り、"叩いて被ってジャンケンポン"を行いますか?』
二人の対立を感知したドローンから、無機質な声が発せられた。
(あ〜〜、なんか嫌な予感してきた。負けないでよ。毛の無いハルちゃんなんて見たくないからね)
野次馬の最前列で戦いを見守る美咲。
ふと視界の端に、コソコソと動く人影が映る。
見ると野次馬をかき分け外に出ようとする男子生徒が見えた。理善に負けた子だ。
「ちょいちょい、待て待て」
急いで駆け寄り、体半分を人の群れに埋めた彼を引きずり出す。
「ちょっと、アンタ何逃げようとしてんの?」
尻もちをついた男子生徒の表情から焦りと動揺の色が見える。
「ぼ、僕の邪魔をしないでください!」
「それは無理。負けたアンタのためにハル……、セイギマンが戦うんだよ。最後まで見届けなきゃダメでしょ」
「知らないですよそんなこと!変人同士勝手にやっててください!どっちが勝とうと、ろくな結果ならないのは目に見えてる!今のうちに逃げなきゃ僕の毛が──ってあれ?上運天さんじゃないですか!」
発狂に近いヒステリックだった男子生徒が、突然冷静になったかと思えば、美咲の苗字を口にし出した。
「なんでアタシの苗字知ってんの?」
当然の質問を投げかける美咲の前で、自分の顔を指さす男子生徒。
「同じクラスの吉岡ですよ!吉岡 秀雄です!覚えてませんか?」
全く記憶に無かった。この残酷な現実をできるだけまろやかに伝えるべく美咲は言葉を選ぶ。
「……えーっと吉岡君だっけ?」
「はい!」
「君は道端の石ころを一々記憶するの?」
「……」
「とりあえず試合を最後まで見届けて?いい?」
「……はい」
(よし、楽しく話せたな)
完璧なコミュニケーションに満足した美咲は、視線を戦いの準備をする二人に向けるのだった。
理善とセイギマンが、長机に各々のハリセンとヘルメットを並べ終え、向かい合う。
「じゃあ始める前に"枷"を決めておかねぇとな」
狡猾さが透けて見える笑顔を貼り付けて、理善はそう言った。
枷とは簡単に言うと、勝者が敗者に押し付ける要望や罰のようのものだ。敗者は必ずその枷に従わなくてはならない。
「俺が勝ったらそこの敗北者はもちろん全剃り」
理善に指さされ、吉岡が驚きと恐怖でピクンと体を跳ねさせる。
その指が次にセイギマンを指す。
「女のアンタは丸刈りで済ませてやるよ。俺って女性には優しいんだよ。ほら女って脆くて弱いからさぁ!クククッ!」
見下しを込められた挑発を、セイギマンは呆れを込めたため息で躱す。
そして落ち着いた口調で自分の要望を伝え始める。
「私が勝ったら、そこの男子生徒と仲直りし、二度と当たり屋のような真似はしないと誓え」
予想外の要求だったのか驚きで一瞬硬直する理善だったが、すぐに嘲笑とともに吹き出した。
「ブフォw "私が勝ったら仲直りしろぉ?"ハハ!当たり屋を辞めろは分かるが、仲直りもしろとはな。そんなことでいいならいくらでもしてやるぜ!まぁ……俺に勝てたらな!」
舐めきった理善の前に、セイギマンは二本の指を立てる。
「……二度だ」
「は?」
「貴様は私を二度軽んじた。私が女性であることと、私の戦う理由」
中指を折りたたみ、人差し指だけを理善に突き立てる。
「言っておくが、私の一撃は重いぞ」
「何が重いだ。メンヘラかテメェは?やれるもんならやってみろよオラァ!!」
『それでは始めます──』
理善の咆哮に合わせるようにドローンが試合開始を告げる。
『叩いて』
「「被って!ジャンケン──」」
「チョキ」「グー」
固い拳を握りしめたセイギマンがジャンケンで勝利を納めた。幸先がの良いスタート。後は理善の頭を弾くだけだ。
ジャンケンを制した右手が、ハリセンへと伸びていく。次の瞬間、その光景を黒い帳が覆った。
「どらァ!!」
理善のリーゼント攻撃だ。セイギマンの視界を器用に包み込む。
「──ッ!?」
自分のハリセンを見失い、彼女の手は宙を彷徨う。
その隙に理善は、頭にヘルメットを悠々と乗せた。
「……ズルいな」
視界を取り戻したセイギマンは抗議するように呟いた。
理善は鼻を鳴らして嘲笑う。
「ズルってのは、ルールの外側にあるもんだ。そのルールを司るジャッジドローンが問題ないって言うんだ。俺は間違いなく、ルールの内側にいる!」
彼の言葉に、セイギマンは呆れたように肩をすくめる。
「まぁ、いい。では、こちらの番だな」
そう言い、ハリセンを掴む。
予想外の行動に、理善の狡猾な笑みが消えた。それはそうだろう。ハリセンを今更振ろうと、既に自分の頭にはヘルメットがあり、それを防げる。ハリセンを持つこと自体、無意味だ。
「おい、嬢ちゃんこそルールを分かってねぇんじゃねぇのか? もう俺は既にヘルメットを被っている。叩いても意味ねぇぞ」
理善の言葉に、セイギマンは首を振る。
「君こそルールをわかっていない」
彼女が拳を突き上げた。
呆れた顔をする理善をおいて、セイギマンは続ける。
「私はジャンケンに勝った。 勝者は相手の頭を一分以内に一回叩く権利が貰える。 ヘルメットを被っていようといなかろうと。そういうルールだ。それに──」
そう言い親指で自分を指す。
「叩く意味があるかどうかは、私が決める」
セイギマンはハリセンを振りかぶる。
片足を後方に大きく開き、これでもかと上半身を仰け反らせる姿は、さながらイナバウワー。
ギシギシと筋肉と関節が軋む音が離れていても聞こえてくる。
明らかな異質に、理善の動物的本能が危険を察知した。全身を動揺と恐怖が巡り、顔に貼り付けた笑みは消えていた。
「お、おい、嬢ちゃん。何してるんだそんな振りかぶって……俺の頭はもう……ヘルメットに守られ──」
瞬間、弾けた。
「歯ぁ食いしばれゴラァァァ!」
彼女の叫びと共に振り下ろされるハリセンは、大気を押しのける轟音とともに、理善の眼前に迫ってくる。
そして振り下ろされたことを彼が認識した頃にはもう、ハリセンが彼の頭を捉えていた。
「はや──」
まず理善の耳に聞こえたのは、頭蓋に響くようなドゴォオという落雷のような衝突音だった。
ハリセンが出しちゃいけないような鈍い音が辺りに響く。
次の瞬間、押し出された理善の頭が、拳銃から打ち出された弾丸のごとく高速で、みるみると目の前の長机に近づいていく。
ぶつかる──
「うお"ぉ"ぉ"ぉ"」
獣のような咆哮をあげ、ダンッ!と両手長机に叩きつける理善。寸前の所で堪える。
ヘルメットから理善の体を伝い、地面へ放散される衝撃が、周囲を揺らす。
それらが収まったあと、静寂がその場を支配した。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
荒れた呼吸を整えながら、理善は顔をあげる。額には汗が滲んでた。
「兄貴! 大丈夫ですか!?」
「来んじゃねえ!」
心配し駆け寄る子分を理善は手で制す。
揺れる視界で、セイギマンを捉える。
理善の動揺を知ってか知らずか、それを嘲笑うように彼女はフンと誇らしげに鼻を鳴らす。
尋常ならざる力、誇るのは無理もない。
だが──
理善の顔に、狡猾な笑みがよじ登っていく。
「ク、ククク……アハハハハハハハハ!」
腹を抱えて笑い出す。
「すげぇ!すげぇよ!嬢ちゃん!すげぇ威力だよ!正直驚いたよ!アハハハハハ!」
彼は壊れたように笑いながら、頭のヘルメットへと震えた手を伸ばす。
「全くあんなので叩かれたら、たまったもんじゃねぇよ! 頭壊れるかと思ったぜ!けどなぁ──」
片手で自分の頭を指す。
「どんなに馬鹿げた攻撃力を持ったハリセンだろうと、素っ裸の頭を叩けなきゃ何の意味もねぇんだよ!バァァァカ!」
腹からの罵倒が住宅街を木霊する。
そして理善はヘルメットを外し、長机に置いた──
瞬間、ヘルメットの四方に雷のような亀裂が入った。
「あ?」
亀裂は次第にヘルメット全体へと広がっていき、原型も残さぬほどに砕けた。
凍りつく理善。ありえない現実に、脳の処理が完全に置いてかれていた。
「あ、あれ? 俺のヘルメット……あれ? さっきまでここに……あれ?」
理善の身体が震えだす。
セイギマンまた、フンと鼻を鳴らした。
「言っただろ。私の一撃は重いと」
最初のコメントを投稿しよう!