檸檬の目眩

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檸檬の目眩

 友人に顔色悪いと言われても、太郎は曖昧にしか笑えなかった。 「ホントだって。ほら、月乃も見てみなよ」 「はは……少し夜更かししすぎたかもな」  食い下がる女子生徒は風音 円香(かさね まどか)。隣のクラスで、月乃の親友だ。  思い出すのは告白を受けて付き合い始めてすぐ、彼女に呼び出されて開口一番。 『月乃を泣かせたら許さないから』  と燃えるような瞳で睨みつけられたこと。  彼女とは真逆、明るめな髪色の快活なベリーショートの少女はあの言葉とは裏腹に太郎と月乃の仲を何かと気にしてくれているらしい。  というものの。   「いやいやいや。目の下のくま、やばいって!」  物怖じせず顔に伸ばされた指に少し怯みつつ、太郎は肩をすくめたみせる。  男女問わずの積極的なスキンシップも、いわゆるサバサバ系の彼女なら仕方ないのだろう。  しかし異性に免疫の少ない自身にとっては、動揺するなという方が無理な話で。 「あー、そうかな」 「太郎君」 「月乃……ちゃん」  横からスっと出てきた彼女にも軽く仰け反ってしまう始末だ。  やはりどうにも女子は苦手だった。今も、もう痛くもない腹を探られるような心持ちにされるのだから。 「昨日はごめんな」 「ううん。いいの」  濃いまつ毛に縁取られた大きな目をぱちりとひとつまばたいて、彼女は小さくうなずいた。  しかし割って入る大声。 「いいわけないでしょ。太郎ってば月乃置いて帰っちゃったんだって? ひっどーい!」  ああまただ、とため息をつきたくなる。  お節介と言う言葉が可愛くみえるような、この言動。むしろ親友を押しのける形で彼女は太郎に詰め寄った。 「彼氏としてどーなの!? 目の前で家族が喧嘩してたんだから、優しく慰めてあげなきゃ!」 「円香ちゃん。もういいから」 「よくない! 月乃は優しすぎるんだってば。男って、いっつもそう。ほんと、鈍感でデリカシー皆無なんだから」  自らの怒りでさらにヒートアップするタイプらしい彼女には、ほとほと困ってしまう。  恐らく円香は親友として当然のことをしていると思っているのだろう。だがその正義感がまたうんざりする。   「ごめん」  ここで何か反論や言い訳めいた事を言えば、火に油を注ぐことになるんだろう。とはいえ気分のいいものではない。  どこか気まずそうに目を伏せる恋人に対しても、なんだか少し冷ややかな感情が湧き上がる。    いつもこうだ。確かに今回のことは自分が悪かったかもしれない。  カノジョより二度しか顔を合わせた事のないカノジョの兄貴を心配して追いかける、なんて。  しかも結局、感謝されるどころか邪険にされて置いてけぼりとか。  とんだピエロだ、と頭のひとつでも抱えたくなる。 「円香ちゃん、本当にいいの。太郎君のそういうとこも好きだから」 「でも月乃……」 「いいの。ね、太郎君もそんな顔しないで。お兄ちゃんのこと、心配してくれたんでしょ? 私は嬉しかったよ」  まだ詰めよろうとする彼女の肩をそっとおさえ、微笑んだ恋人は確かに綺麗だった。  斜め前にいた他の男子グループが、ハッとした様子で目配せし合ったくらいだ。  同級生、いやこのクラスのどの女子とは別次元の生き物のような空気をまとった少女。  そんないわゆる高嶺の花を恋人にした男。そう注目されない訳では無い。しかし太郎としては、未だいまいち実感がわかなかった。  ありたいていに言えば、どう考えても釣り合っていない。  自分のような取り立てて秀でた所もない男と、こんな成績まで優秀な美少女と。 「月乃がいいならいいけどさあ」    しぶしぶ、といった様子で引き下がった円香にホッと安堵の息をつく。  さながらモンスターペアレントだ。昨日のキス計画だって、彼女に半ば説教されてけしかけられた形だった。  とはいえ自分の友人達から聞いても。 『キスもまだとかありえない』  という嘲笑 (少なくとも太郎にはそう感じた)めいた言葉をしこたま食らったのだ。  挙句、キ〇タマついてんのか! とまで円香に罵られ計画実行に踏み切ったのが昨日のこと。  実際は完全不発に終わってしまったのだが。 「ほんとに、ごめんな」  なんだか色々と疲れてしまって、太郎は彼女達から視線を外す。  そこでふと。  ――兄妹なのに、似てないな。  なんて思考が頭に浮かんで、やっぱり寝不足でおかしくなっているのかもしれないと頭を垂れた。
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