檸檬の目眩

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  ※※※ 「……お兄ちゃん、どうだった?」 「え?」  帰り道。いつものように二人で歩く道で、唐突な話題がふられた。 「痛そうだったかなって」  大の大人がよろけるくらいの力加減で叩かれたのだから、月乃が心配するのもわかる。  しかし太郎は曖昧に濁して下をむく。 「ああ」  顔をみせてくれなかった、なんて言えない。言いたくもない。  あの時、自分はなにを期待していたのだろうと猛烈な羞恥心に頭が痛くなりそうだったから。 「お兄ちゃん、昔はあんなんじゃなかったの」  彼女はアスファルトに転がる石を蹴った。  転がったそれはわきの土手を落ちる。 「優しくて明るくて、部活も勉強も私なんかよりずっと出来てね。でも」  太郎は月乃が語った兄のことを、黙って聞いた。  友達も多く、まさに陽キャといえる彼が変わってしまったのは高校二年の夏。   「家族とも全然喋らなくなっちゃって、部活も辞めて成績も落ちて」  毎日、死んだ魚のような目をしていたと。  それだけでなく素行もどんどん悪くなっていった。  帰りが遅くなり、ついには週に何度か家に帰らない日が増える。 「お父さんお母さんも私も、どうしたらいいか分かんなかったの」  変わったのはそれだけでは無い。髪を明るく染めて、ピアスの穴は増えていく。すぐにヤンキーだとわかる見た目になった。  当然、なにかあったのかと両親が問いただしたが黙り込むばかりで。 「大学行ったけど、なんか辞めてたみたい」  大学からの知らせで知った両親はまさに寝耳に水。そしてふらりと現れた息子に激しく問い詰めたのだろう。 「お父さんもお母さんもなにも教えてくれなかったけど、もうお兄ちゃんは帰ってこないのかも」 「月乃ちゃん」  大きな瞳にうっすら涙の膜が張っているのを見て、大きく狼狽えた。  泣いている女は苦手だ。どう慰めて良いやら分からない。だがこのまま見て見ぬふりするのはもっとまずいくらいはわかる。
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