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「あ、あの」
「お兄ちゃん、叩かれて痛かったよね」
「え?」
ついに立ち止まって顔をおおってしまった恋人に、かける言葉すら思いつかない。
「両親も多分心配してるだけなの。お兄ちゃんがおかしくなっちゃって、私もどうしたらいいかわからんない……」
涙で滲んだような声だが、しゃくりあげなかっただけ我慢しているのだろう。
太郎はそこでようやく、彼女の肩にそっと触れた。
「月乃ちゃん、大丈夫か」
なんと月並みで、それでいて的外れな言葉かけだ。自分でも呆れてしまう。
こういう時、気の利いた事をいえる男がきっとモテるのだろうなと苦々しく思いながらも、小さく息を吸った。
「大丈夫なわけ、ないよな。でも、その……俺は話くらい聞いてやれると思う」
「太郎君」
「ごめんな。お前の兄さんにも、怒られたよ。自分よりカノジョの傍にいてやれって」
「お兄ちゃんったら」
そこで堪えきれなかったのだろう。小さくすすり泣く月乃の肩をおずおずと抱いた。
震える身体は、驚くほど頼りなく薄い。でも確かに柔らかい箇所のある温度と鼻腔をくすぐる、制汗剤の柑橘系の香りに一瞬だけ目眩がした。
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