人道の崖っぷち

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「やれやれ」  大きなため息。まるで聞き分けのない幼子に手をやく大人のようだ。  それだけでなぜか、心がえぐられるように苦しくなった。  もう帰ってしまおうかと思った時。 「仕方ないな。来いよ」 「へ?」  弾かれたように顔を上げれば。 「情けないツラしてんじゃないよ。デカい図体して情けないな」  唇を片方、小さく歪めて笑う男に目を奪われる。   「あっ、えっ、えっと……」 「いいからついて来いって言ってんの。ここで立ち話してるのも迷惑だろ」  太郎の返事も聞かず、天翔は背を向けて歩き出してしまう。  慌ててもつれがちな足どりでその姿を追いかけた。 「ちょっと、待ってくださいよ」 「ふん。このノロマめ」 「ひどいな。天翔さんが歩くの速いだけでしょ」 「生意気言いうなバーカ」  いきなり散々な言われようだ。やはりこの人は自分を疎ましがっているのか。そう考えるだけで心の端っこがじくじくと火傷をしたように痛む。  一方でどうしてこんなに心乱されなきゃならないんだ、と半ば八つ当たりめいた感情も湧き上がる。    きっとこの男が恋人の兄だからだ。  自分はあの可憐で可愛い彼女の哀しみを、少しでもやわらげてやらないといけない。  そのためには少しでも相手を知る必要があるのだ。
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