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斜陽とコンクリ
飯田 太郎が最初に『彼』を美しいと思ったのはその白い頬に走る、腫れた痕であった。
人通りの少ない住宅街、黄昏時の陽の光は長く影をのばす。
立ち尽くす学生服の彼と。歳上の、しかしうら若い男に注視するものはいない。
「待って」
声をかければ止まる足。しかし振り向かない。強引に振り向かせる事も出来たのだろうが、太郎はそうしなかった。
ただ二メートルほど離れた立ち位置で、その頼りない背中をじっと眺めていたのだ。
「待ってください」
もう一度、そう言うと今度は小さく肩が震えた。
同じ男とは思えぬほどの線の細さに、奥歯を噛み締める。とはいえ決して女になど見えず、手を伸ばすことを躊躇わせた。
「あの――大丈夫ですか」
「君には大丈夫にみえるかい」
ほとんど噛み付くような口調。太郎は反応が返って来たことに安堵する。このまま無言のまま時間だけが過ぎるのも、いたたまれないからだ。
「あ、ええっとぉ」
「今のは八つ当たりだったな、すまない」
彼はすぐに謝罪の言葉を口にしたが、それでも声色の固さは変わらない。しかしそれもそうだろう。
親に頬を張られたからといって、妹の彼氏がわざわざ追いかけてきて声をかけたのだから。
「月乃のところへ戻れよ」
「あっ……」
月乃、とは彼の妹。つまり太郎の恋人である。
まだ付き合って数ヶ月という、初々しい高校生カップルというのが彼らの関係。
太郎はそこでようやく、あの場に置いてきた彼女のことを思い出した。
そして、さすがに後悔する。
「あいつはなかなか男を見る目がないなァ」
揶揄うような口調であるが、かたくなにこちらを向かない姿に苛立ちがつのる。
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