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 明田城の三の曲輪内に在る居館の一室で、明田源一郎明秀は目を瞑って俯きがちに座っていた。燭台の火が揺らめく。明秀の背後には影で隠す様にして刀が置かれている。ギシギシと廊下の軋む音が部屋に近付いてくる。音は部屋の前で止まる。すると障子の向こう側から低く高い声が話しかけて来る。 「兄上。源二郎、只今参りました」 明秀の弟・源二郎明親の声だ。明秀は目を開け顔を上げる。 「入れ」 明秀が低い声で告げる。障子が開き、明親が入って来る。明秀の前に座る。 「こんな時間に何の用でしょうか?」 「お前を呼んだのは他でもない。父上の事だ」 「父上の、ですか?」 「そうだ、父上は実はもう先が長くはない。それを悟った父上も家督を私に継ぐ様にと言われた。まぁ、嫡男は私だ。当たり前のことだがな」 明親は真剣な顔で話を聞いている。 「只な--」 明秀は一旦区切ると目線を落とす。 「只な父上はお前が家督欲しさに、私を殺すのではないかと思っていらっしゃるのだ」 その言葉を聞いて明親は大きく目を見開く。 「そ、そんな事する訳ありません」 明秀は冷たく言葉をかける。 「惚けても無駄だ」 明秀は背後の刀を手に取りながら立ち上がると、鞘から刀身を出し切先を明親に向けた。 「そ、そんな……」 明親は向けられた切先を見る。明秀は懐から一通の書状を明親の前に投げる。 「それはお前と八右衛門が交わした密書だ。中には共謀して謀反を起こす旨事が書かれている」 八右衛門とは明親の舅・小泉八右衛門高義のことである。明親は慌てて書状を開き、中を読む。汗が顔を伝う。 (兄上は自分のことを……) 「それをどう説明する」 明秀は眉間にシワを寄せる。明親は答えずに黙り込んでいる。 「説明できぬか」 明秀は刀を構え、振り上げる。それを見た明親はジッと明秀の顔を見つめる。 「兄上。私は……私は、謀反など考えておりません」 そう必死に訴える明親を明秀は無情にも、踏み込んで刀を振り落とす。切り付けられた明親は仰向けに倒れる。明秀は倒れた明親に近づくとトドメを刺す。刀に着いた血を拭う。 「鶴丸」 明秀が呼びかけると部屋の入り口に小姓・原鶴丸定春が膝をつく。明秀は問いかける。 「他はどうなった」 定春は頭を下げる。 「はっ、保兵衛殿が小泉居館を強襲したとのこと、弾正殿は源二郎様の妻子、家臣を取り押さえたとの事」 報告を聞いた明秀は部屋を出る。 「始末は任せた」 明秀は一言そう言うと廊下を歩いて行く。その背後姿を見送った定春は部屋の中を見る。部屋の中には骸となった明親が燭台の揺らめく火に照らされていた。
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