生真面目騎士と生け贄の姫

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再び大広間に静寂が戻ったのは魔王が復活して1時間後のことだった。 もはや後ろが透けるほどに障気を失った魔王は、怨嗟の声をあげて元いた王座に逃げ込んみ、すかさずオストが玉座にもう一度聖剣を突き立てて再封印する。 もう、黒い障気が漏れ出ることは無かった。 しかし聖剣を突き立てた本人は、息も絶え絶えに膝から崩れ落ちる。遅れて汗が吹き出し、激しい動悸に目の前が真っ暗になる。絶え間無く魔王を切り刻み続けた反動は大きく、オストの意識が遠退きそうになる。 「オスト!オスト、大丈夫ですか!?」 レティが駆け寄り、たまらず抱き締める。しかしそのレティ自身も能力の連続使用で疲労が色濃く、顔色が悪い。 「まったく無茶なことを…。王も占者も勝てないと断じた相手なのですよ?」 「す…すみません…ですが。」 気力だけで身を起こし、レティの目を見てオストは続ける。 「例え世界を敵に回しても、貴女の命を願います。貴女か世界かを選べというなら自分は迷わず貴女を選びます。」 だから、立ち向かったのだと微笑む。 「自分の使命は、姫様を…いえ、レティ様を守ること。だから、もう、大丈夫です。」 まっすぐ伝える。 レティの頬に一筋の雫が伝い、床へと落ちる。 「う…うぅ…。ぐすっ…。」 慌ててぬぐい取ろうとするがその筋は数を増し、ぬぐう指先をかわして床を濡らしていく。 本当は、ずっと怖かった。 自分が頑張れば良いだけ。それが王族として、聖なる力を受け継いだ勇者としての役目だと自分に言い聞かせて感情に蓋をしていた。自分が死ぬことの恐怖から目を逸らし続け、ここまで来たのだ。たどり着いた場所で、きっとその恐怖に勝てると、勝ってみせるとうそぶいて。実際、大広間に入る時にはその覚悟を決めていたはずだった。 だが怖れも強がりも、この優秀な騎士隊長にはすべて看破されていた。 「ありがとう、オスト。助けてくれて。」 止まらない涙もそのままに、泣き顔で礼を述べ、救ってくれた英雄をもう一度強く抱き締める。 「レ、レティ様?!」 「私ね、本当は怖かったの。死ぬことも、ここに来ることさえも。でも、この旅は本当に良い思い出がたくさんあるのです。それは全部騎士団の皆さん…ことにオスト、貴方がいてくれたお陰です。」 レティの口から素直な言葉が溢れだす。 「だって、貴方に守られている間、その恐怖はどこかに行ってしまっていたもの。貴方はずっと私を救ってくれていたわ。」 言って、オストの額にキスをする。 「まさか、魔王まで蹴散らすなんて思いもしなかったけど…。」 何をされたか理解したオストが真っ赤になって固まり、それを見てレティの頬も朱に染まる。 「さ、さて!こうして2人とも無事だった以上、長居は無用ですわね。もう半年、私の護衛をよろしくお願いいたしますわ、オスト隊長殿♪」 気恥ずかしい空気を打ち消すようにレティが立ち上がり、その場から離れようとする。慌ててオストもそれにならうが疲労困憊の体は重く、動きが鈍い。 「レ、レティ様!自分まだ調子が戻っておりませんので、そう慌てられると万が一のことが起こるとも限らないのであぁ!お待ち下さいぃ!」 こうして、新たな英雄が人知れず誕生し、姫と騎士の旅は王都へ向けて折り返す。半年前とは少しだけ関係性が変わった2人のこれからの旅がどうなるのか、それは誰にもわからない。 西日指す渓谷に、一番星が輝いた。
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