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◇  体が揺れているのが気持ちよくて、意識が戻ってきても目を開けるのが躊躇われた。うとうとと微睡んでいるのが心地いい。踏切が降りる音がしたから、車の中なのかもしれない。  まだこのふわふわとした意識にとどまっていたかったというのに、不快な声に落ち着いていた心がかき乱される。俺の嫌いな声だ。 「あんたにしてはずいぶん手荒だな」 「見られたんだ」 「何を? お前の坊ちゃん?」 「人酔いして倒れたんだよ。この子が見てて騒ぎ出しそうで面倒だった」 「それで攫ってきちゃったの? 焦ってんなぁ」  目を開けると、珂雁の上着が肩にかかっていた。どうりでいい匂いがしたわけだ。ぐる、と首を回すと、隣で珂雁がほっと息を吐くのが分かった。 「夕陽、気分は?」 「あんまりよくない」 「今度は車酔いしたか」  ドリンクホルダーに手を伸ばした珂雁がお茶を取って渡してくれた。飲みながら後部座席を振り返ると案の定、嫌な男と目が合ってパッと視線を前に戻した。  後部座席にはなぜかガムテープで口を塞がれ手首を縛られた少年と、そんな少年を膝の上に抱える男がいた。たまに珂雁が連れてくる韮崎という男だ。いつも少年相手にあれやこれやしては帰っていく。  韮崎の膝の上に抱えられた少年は涙で顔がぐちゃぐちゃになっていた。必死に助けを求めるような目で見られたが、俺はかわいそうだなんて思えない。怖くないよ、とそう言っても、きっとこの子が泣き止むことなどないのだ。第一俺は子どもなんて嫌いなんだよ。  どこに向かっているのかは分からなかった。俺にはここがどこかも分からない。 「珂雁、帰るの?」 「いや、この男をテキトーな場所で下ろす」 「えぇなんでだよ。いいじゃん、家上がらせてよ」 「は? 帰れよ」  いつもよりぴりぴりした雰囲気の珂雁に緊張する。もしかして俺は余計なことをして珂雁を怒らせてしまったのかもしれない。 「あ、あの……ごめんなさ……」 「なんで夕陽が謝る」 「だって俺が」 「お前は何も気にしなくていい」 「なあ、こんな状態でこの子連れ出すほうが危険だろ。星河の家が一番安全なんだって」  珍しく俺の言葉を遮って早口で言った珂雁は、苛々したように髪を耳にかけた。珂雁を窺う俺のことなんてまるで無視した無神経な声が後ろからかかる。珂雁は眉をひそめて溜息をついた。 「わかったよ……その代わり、その子どうにかしてくれよ」 「お前が連れて来たんじゃん」  後ろで韮崎がクスクス笑っているのが気に障った。俺の間違いを責められているようで、気づけばぎゅっと手を握りしめていた。
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