でんじゃらす彼女

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でんじゃらす彼女

 高校最後の夏。俺は小学校の頃から多くの時間をかけたサッカーの練習に励む。サッカーのためだったら何でもできた。苦手な勉強もへっちゃらだし、恋愛などしなくても全く平気だった。ただ、その青春ももうすぐ終わる。大学に行ってからはサッカーをやる気はない。ここまで俺のわがままを貫かせてもらった。寂しくもあるが、それは自分で決めたこと。最後の大会くらい良い成績で終わりたいとサッカー部の仲間たちが帰宅してからも、俺は練習を続ける。  俺の所属するサッカー部は弱いところではない。そういう環境のせいか、サッカー部員たちをアイドル視する女子もいる。嬉しいと言えば嬉しいが、俺はアイドルじゃない。あまり接点を持たないようにしてきたが、最近一人、気になる子がいる。サッカー部自体の練習が終われば、ファンたちも帰るが一人だけ俺の練習に付き合う子がいる。幼顔で幼児体系でとても高校生に見えないが、キラキラした目で練習する俺を見つめている。  その子がいるものだから、俺もあまり遅くまでは自主練はしない。女の子の夜の独り歩きは危険だし、俺が送るというのも接点がないのにおかしく感じる。こんなことで結果が残せるのか? と不安にはなるが、女の子を危険に晒すくらいならはるかにマシだ。  そう思って早めに帰っていると翌日に疲れが残ることがなくなり毎日全力でトレーニングに打ち込める。自主練の分なのか、メンバーとの実力も多少開いた気もする。あの子がそう仕向けたから?  まさかねと思いつつも、今日は数人集まっているファンに声をかけてみた。 「いつもありがとう。ねぇねぇ、あの子のこと知ってる?」  俺はあの子を指差すがファンの女の子の顔色は分かりやすく沈んだ。 「あの子、口悪くって友達もいないんです。あんな子に話しかけたらミツグさんが傷付くから話しかけちゃ駄目ですよ」 「ふうん。ありがとう」  俺はそれだけ言ってトレーニングに戻る。いい子か悪い子かは、俺が判断することだよな。周りに流される必要もない。  他のメンバーが帰路につき、俺は自主練を開始する。それを見守るのはあの子だけ。どうしても気になって俺はついに声をかけた。 「ねぇ君。あんまり遅くなると女の子の独り歩きは危ないよ?」 「貴様……」  貴様? 「いやごめん。怒らせたかな? でもさ心配なんだよ」 「貴様の姿をこの目に焼き付けたいんだ……。貴様が疲れ果てた姿を目に焼き付けたらそうする……」  変わった子だなぁとは思ったが、厳しい言葉遣いとは裏腹に目はキラキラしているし、なんなら微笑みを浮かべている。 「えと、俺のファンなの?」 「私が貴様以外には目もくれる必要はない……」  言葉遣いは武将みたいだが、その見た目と声の可愛らしさから全く怖くない。俺以外に目もくれないと言われて嬉しくないはずもない。 「君、名前は? 俺はミツグ」 「貴様の名前など、とうに知っている。私が何も知らないと思うな。私はミユキだ……」 「ミユキちゃんか……可愛いね」  俺はつい素直な感情を口にしたあと、自らの口を抑えた。余計なことを言ったかも知れない。ミユキちゃんは顔を真っ赤にして、俺の腹をポスポス殴るが非力過ぎて全く痛くない。蚊に刺されたほうが痛いくらいだ。 「貴様! 私を愚弄するな!」  正直に言おう。この瞬間、俺はこんな可愛い生き物をはじめて見たと思った。ギャップが激しすぎて俺が抑えていた恋愛への欲求がふつふつと湧いてきてしまった。 「ミユキちゃん、今夜は俺が送っていくから自主練終わるまで待っててね」 「貴様の手を煩わせる必要は……」 「これは俺の事情。俺はミユキちゃんに興味があるんだ」  また真っ赤になるミユキちゃんは、小さく頷いてみせた。確かに口は悪い。だか、悪い子には思えない。守りたくなるような感情が芽生えてくる。 
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