怪しい名探偵 第2回 つきまとう疫病神

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 梅雨に入り、ぶ厚い雲が毎日空を覆い始めた。弦楽器の弦のように降る雨が、陰鬱な気分を奏でる日々が続く。  池袋(いけぶくろ)北警察署の刑事課強行犯捜査係(通称・捜査1係)の刑事・海老名(えびな)忠義(ただよし)は、窓の外を見ながら、それがまるで自分の心の中を鏡に映して見ているような、陰鬱な気分を嫌というほど味わっていた。  丸出(まるいで)為夫(ためお)……警視庁本庁や池袋北署の署長の推薦でやって来た、あの男。あいつはいったい何者なんだ?  自称・名探偵。それなのに何一つまともな推理もできない、ただの無能。その優れた能力といえば、警察の真面目な捜査の邪魔をして、ただ遊ぶだけ。  前回の滝野(たきの)一家事件は本当に悲惨だった。聞き込みの最中に、ただ飲み食いするだけだったり、突然屁をこいたり、子供みたいに相手の容姿をからかったり、勝手に他人の家のガラス戸にヤモリのようにへばりついたり、挙句の果てには、相手の顔を少し見ただけで、こいつが犯人だ、顔が醜いから、と出鱈目な名推理を披露して、もう少しで最悪の結果に終わっていたかもしれないのだ。  自分がシャーロック・ホームズの生まれ変わりだと信じている、ドン・キホーテみたいな奴。つまりはただの変人。年は50を過ぎているのに、人間としての最低限の常識すらない。あるいは、早くもアルツハイマーさんの仲間入りをしてしまっているのか?  だがその一方で、海老名の酒気帯び運転の件をなぜ知っているのか? 少なくとも署の外部には漏れていないはず。署内でもこのことを知っている者は、それほど多くはないはずだ。誰があいつに密告した? いや、そもそもその前に本庁や署長は、見ただけですぐに無能な変人だとわかるこの丸出を、なぜ神輿(みこし)のように高く持ち上げるのか? ひょっとしたら署長も本庁の刑事たちも、海老名と同じような弱みを丸出に握られているのか? それはまだ何とも言えない。  この丸出、恐ろしく無能である一方で、別の方面では恐ろしく有能なのかも。いったいあいつは何者なのか? この疫病神め。
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