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その後私は、仏様に程近い運転手さんが手を差し伸べてくれたおかげで、無事その場違いな土地へと着地出来たのである。
気が付くと、渡里は正面のサロンへと足を踏み入れようとしていた。
「行ってらっしゃいませ。」
「は....はい。行ってきます。」
転んだ事が心底恥ずかしかったが、細かく何度も頭を下げながら足早に、奴の後を追い掛けた。
暗い藍色のカジュアルスーツ。スラックスの丈は、仕事には向かない踝を大々的に魅せたデザイン。石○ 純一の真似事だろうか、先端が鋭利な茶色の革靴の中はきっと素足である。
蒸れたら絶対臭そうだな....。こんな事を奴に突っ込みを入れようものならば、平気で足の臭いを嗅がせてくるだろう。
想像してみたら、何とも恐ろしいことか。いかんいかん。実際に頭を振り払い除けた。
小上がりの階段を昇り、店内へと辿り着けば、渡里は従業員の女性に話しかけていた。
「ケンシロウ居るか?」
「はい。オーナーは別室で御待ちになっております。」
「そうか....時間過ぎてたもんな。」
腕時計を見る様は、渡里 大河という人物を知らない状態なら、惚れてしまいそうに成る程のナイスガイだ。だがしかし、私は騙されないぞ?
いくら出来る男を演出しているとはいえ、鬼将軍な姿を一目、二目と観て、そして被害を蒙ってる私からすれば、ナイスガイとは認めたくはない。
何度、奴の健康的で剛毛な黒髪を毛根ごと引き抜いてやろうと思ったことか....。
眉間に皺を寄せて、背後から渡里を睨みつけていれば、奴が突如振り返る。私は咄嗟に口笛を吹きながらそっぽを向いた。
「おい、今俺の事睨んでただろ。」
「....いったい何の事でしょうか?私は、ただ口笛を吹いてるだけですよ~。」
「はぁ....。」
大きな溜息を吐くと共に、呆れた様子で首を項垂れた渡里は、大股で私へと近づいてくると、私の腕を掴み上げて店内の奥へと引き摺り込んだ。
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