17人が本棚に入れています
本棚に追加
その夜更け。
王宮の一室では着々と旅支度を進める元・第一王子殿下の姿があった。
「楽しそうですね、兄上」
「そうか? そうかもなぁ」
「ずるいですよ。自分ばっかり」
「うーん……。世の中には、適材適所ってものがあるからな。俺は、腹の探り合いは向かない」
「そうでしょうけど」
旅支度。荷造りと言ってもせいぜいが身軽な衣類一式に路銀。(※支度金と称されて王宮に戻った途端、継母である現王妃から託された。けっこうな額だった)
愛用の剣に手入れの道具。ちょっとした筆記具。
食料なんかは道中で――と、意識を具体的な「明日」に向けたとき、ふと視線に気づいた。窓からは月の光が差している。
毛織の敷物の上に散らかしたものをあらかた鞄に詰め、すぐ側でしゃがみ込んでこちらを覗き込むユーリと目が合った。泣きそうな顔をしていた。
つられて、つん、と涙腺を刺激されそうになって、誤魔化すためににこりと笑う。
「立派だったぞ。偉かった。がんばったな」
「……ひとのっ、気も……知らないでっ」
「!! おっと」
感極まったような声をもらし、小柄な体が飛び込んでくる。ノエルは倒されることなく受け止めた。
まだ十四歳の細い肩。華奢な腰。震える背。
世間には『王子』と公表されている現王妃のたった一人の子――ユーリは、じつは、れっきとした少女だった。
ユーリの母、現王妃グレイスはカリディア大公家の姫で寡婦だった。若くして夫に先立たれてしまい、実家に帰ってすぐにロアーヌ国王に嫁すことが決まったのだ。
そのとき、グレイスと一緒にやってきたユーリは一歳。ノエルは五歳だった。
ユーリは、何の問題もなくあたらしい父の養子となった。
この辺は諸王侯の血縁マジックとしか言いようがないのだが、カリディア大公家にはロアーヌ国王の叔父にあたる王子が婿入りしており、その娘である現王妃と連れ子のユーリにもロアーヌの王位継承権が認められている。
よって、ユーリが王位を継ぐのには、父も吝かではないはずだった。
ノエルは月を眺めながらユーリを抱きしめ、ぽんぽん、とその背を叩く。
「なんで、お前、男ってことになってんのかね……」
「母上が悪い。僕が女ってことがバレたら、カリディアに置いていかなきゃいけなかったからって。あのひと、超絶我儘なんだ」
「そっか」
くぐもった声に根深い怒りを感じ、これはしばらく離してもらえないな……と悟ったノエルは、くしゃくしゃと金の髪を撫でた。
「待ってろ。お前が成人するころには必ず、国境地帯を掌握する。講和もさっさとこぎつける。アドモスも一緒に赴任らしいから。心強いぞ」
「……うん」
すっかり乱してしまった髪を撫でつけ、指に絡めて直してゆく。腕の中の体から力が抜けたことに、ほっと息をついた。
最初のコメントを投稿しよう!