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いまはまだ『兄弟』だけれど。
ひとまずは自分が王室から離れること。
ユーリの立場を盤石にすること。
さいわい。国務大臣の息子と神官長の息子は、そろってユーリに膝を折ってくれている。
側近候補に心配はないだろう。今日の采配や立ち回りもみごとだった。
当面の目標は、彼女が性別を偽らずとも『ロアーヌの次期王位継承者』と見なされること。
この際、隣国を叩きのめすのは手段でしかない。
ノエルはゆっくりと息を吸った。
わずかな、わずかな緊張の糸を悟られないように。
「成人したら、お前がびっくりするようなこと言うかもしれない。ごめんな」
「いいよ。今言ってよ」
「え」
「いいから」
至近距離で、伏せられていた顔がもたげられる。ぐいぐいと迫られる。
夜の藍色に沈むエメラルドの瞳もきれいだな、と、やくたいもないことを考えた。
ふっと笑って、頬に口づける。
たちまち赤面した血のつながらない『妹』に、まだ早いからと答えて。
ユーリは、たちまちそっぽを向いてしまった。それで、再び腕の中に閉じ込めるのも良し。
――十七年前。
呪殺対象だったのは母だけではなかった。自分もだった。
なのに生き残ってしまった。代わりに母方の伯父が死んだ。
調べによるとアニエス嬢は、あの手この手で自分を篭絡しようとしていたらしい。外法の魅了呪はもちろん、妖しげな催淫剤だの香まで用いて。
なのに、効かなかった。いわゆる“無効魔法”。
そんな体質なのだと判明したのが三年前、アカデミーの騎士科を選択した際のこと。最低限の魔法特性を調べたときだ。逆に言えば特性はそれしかなく、あとは腕力と胆力頼みの剣術・戦術コースへとまっしぐらだったわけだが(※遠い目)
やがて、すうすうと寝息が聞こえはじめた。
体を離すと長い睫毛が見えた。
――……寝顔の威力は、危険そのものだった。
しょうがないな、と抱き上げて自室を出る。通路の衛兵らの何とも言えない視線を浴びながら『彼女』の私室まで送り、恐縮する部屋仕えの侍女に謝られながらそっと寝台に横たえた。
「俺、夜明けには出立だから。寝かせてやって」
「畏まりました」
パタン。
扉を閉める。
心では次なる扉を開けにゆく。
たぶん、一筋縄ではいかないのだけど。
(待ってろよ。絶対に。必ず、一介の騎士からひとかどの英雄くらいまでは成り上がって戻ってくるから)
目を閉じれば、どんなユーリでも思い出せる。瑞々しさに満ちている。
真摯な緑のまなざしは、何よりの守りで、宝に思えた。
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