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提案
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「どうも」
俺は、思わず目の前の彼女に目を奪われてしまい、言葉少なげになってしまう。
「あの、しえ姉さんは用事で来れないみたいで、私がかわりに謝りに来ちゃったのです。せっかく大学までお越しいただいたのに、誠に申し訳ございません」
えみは、舌足らずな可愛らしい声でそう言い、再度深々と頭を下げる。
「いや。それは構わないが。ところで君はいくつ? 」
あまりにも幼げなえみの年齢が気になり、俺はきいてみた。
「十八です。今年大学一年生になりました」
「十八? それも大学生?」
どう見ても高校生にしか見えない。
あまりにも化粧けのない姿に、思わずききかえしてしまう。
「見えないだろう? 大人しい感じのくせに、結構行動派でね。高校時代から留学ばかりしている」
「へえ」
「十歳までアメリカで暮らしたこともあって、かなり優秀ではあるんだ」
うんうんと教授が頷きながら褒めている。
珍しいことがあるものだ。
「ご苦労だったね。夏休みなのに」
「いえ。プールの帰りなのです。だからこんな格好ですいません」
「構わないけどね。へえ、泳ぐのが好きなの?」
「いえ、泳げないのです。だから練習していて」
「運動音痴だからな、君は」
教授は、よく知っているのか。
苦虫を噛み締めながら、ぼやいている。
「海は好きですよ! 浮き輪で浮いているのも好きだし、釣りだってのんびりしていていいし」
「釣りをするの?」
「ええ。祖父の家が海が近いので。キスとか、小さな魚とかしか釣ったことはないですけど。のんびりと船に揺られながらって、幸せですよ」
「へえ、意外だなあ」
先日の勝気な瞳とは違う。
優しくてのんびりとした笑顔に、俺は心惹かれるのを覚えた。
どこか遠い記憶が、穏やかな風とともに香り立ってくる。
「そうだ。明日ひま? 君でいいからさ、断ろうとしていたイヴェント、行ってみない?」
「え?」
俺は、どうしても知りたくなって誘ってみると、えみは目を丸くしている。
「海が好きなんだろう? バスツアーなんだ。のんびりと揺られて、小旅行を楽しむ。君を見ていると、それもたまにはいいかなあと、思えてきた」
「あの、それは私じゃなくて」
「彼氏とかいるの?」
断ろうとしたえみに、俺は口を挟んだ。
「い、いないけど」
「なら、いいよね? 俺は君がいいんだ」
俺は、まっすぐとえみの顔を覗き込んだ。
困惑した瞳が、ちらりと教授を見ている。
「……意外だねえ。私が何とか言っておくが、いいのか? この子で」
教授は、少し戸惑いを見せながら、俺を見ている。
「ああ。じゃあ決まりだね」
俺は、そう言って、ちらりと腕時計を見た。
次の約束の時間が近づいている。
もう夕暮れ時で、この後は幼馴染たちと飲む予定だった。
休みの日に時間に追われるなんて、俺らしすぎる。
どうも決まっていないと、落ち着かない。
俺は、すぐそばに置いてあった黒のジャケットを取り、立ち上がった。
ふと目の前のえみに、びっくりする。
ほっそりとしているが、それ以上に小柄で小さかった。
百九十センチ近い俺と比べて、四十センチ近く低い。
確か、昨日の見合い相手の姉は、高いピンヒールを履いていたが、ここまで低くはなかった。
「君って、身長何センチ?」
「……百五十五センチです。白石さんは百九十センチ近くありますよね。モデル体型のしえ姉さんと違って低すぎる私では、一緒に連れて歩くと格好悪いのでは?」
えみは、苦虫を噛み締めながら言ってくる。
「関係ないよ。身長なんて」
俺は、自信なさげなえみに苦笑して、彼女の前へ立った。
さらりと流れる綺麗な黒髪に、そっと唇を当て、細腰に手を添え、少しだけ抱き寄せた。
「!?」
真っ赤に頬を火照らせたえみが、やけに可愛く感じる。
「それじゃあ、教授に頼んでおくから、絶対来いよ。子猫ちゃん」
するりと通り過ぎながら、俺はえみから柔らかなコロンの匂いを感じていた。
どうしてもえみのことが知りたくなってしまう。
本気で頼んでみようと、俺は考えていたーー。
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