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味見は妬心
味見は妬心
「あー。トレーナーさん、行っちゃ嫌です」
俺が悶々と考えていたら、えみの可愛らしい声音が響く。
えみは、通りすがりのレスキーを引き止めていた。
甘ったるい感じで手招くから、俺は目を吊り上げてしまう。
「えみ、レスキーなんかにきかなくても問題はない」
「そんなことないです。最高に美味しい方がいいですって。違います?」
「えみは、俺の教え方がそんなに不満? ならばそう言えよ」
先ほどのえみの声音が耳に残っていて、俺はついつい毒を吐いてしまう。
「不満なんてありません! でもどんなに上手くても、向上心は持つべきです」
えみは、両拳を握りしめて力説してくる。
えみに呼ばれてそばまできたレスキーは、俺に怯まない彼女の様子に、目を瞬かせている。
「向上心ねえ」
「そうです。第三者にきいたほうが一番ですって。改善すると、もっと上手くなりますって」
えみは、俺の心知らずに言ってきた。
「だがなあ」
俺は、自ら折れるのが嫌いなので再度渋ってみた。
「味見してもいいけど、痴話喧嘩見せつけるだけならば、行くけど?」
お互い睨み合っていると、レスキーが口を挟んでくる。
「ち、痴話喧嘩じゃないです」
「それならばいいけど。さすがだねえ、未来の白石夫人。祥とやりあうなんて」
「口が上手いですね~、トレーナーさんって。あなたのようにもっと上手いポトフにするためにも、味見してみませんか?」
えみは、俺の意を無視して、レスキーを見ている。
あろうことか、自分が使っていた小皿で味見に使った。
「えみ、何をしている?」
俺は、えみの行為に怪訝そうに声をかけた。
えみは、俺に気にすることなくそのままレスキーへ小皿を渡した。
レスキーは、俺の意に気づいているのか、気がついてないのか、そのままえみに言われるままに小皿へ口をつけた。
「……んん~。多分塩と胡椒がが足りないのかなぁ」
「あの、味は濃いほうが?」
「違うけど」
「そうですか。白石さん、味は濃いほうがお好みですか?」
えみは、レスキーの言葉をきいて唸ったあと、俺を見た。
「どっちでもない」
俺は、不機嫌そのままに答える。
「ならば白石さん、加えましょうか?」
「へえ。まだ名前じゃないんだね」
えみの呼び名に、レスキーが反応して意外そうに言う。
俺は、ますます目を吊り上げた。
「えっと、確か塩と胡椒ですね。いいでしょう? 白石さん」
「えみ、白石じゃなく、祥でいい。レスキー、どのくらい入れればいい?」
えみとレスキーが会話するのが嫌になり、俺は睨みつけるように彼を見据える。
「ねえ、えみちゃん。祥は何もいらないのでは?」
「へ? そ、そうなのですか? 白石さん」
えみは、俺の言葉をきいてないのか、無視しているのか。
レスキーも、わざとえみの名を呼んだのか?
二人揃って、結託している?
またもや俺が苛立つようなことを言ってくる。
「えみ、言っただろう? 祥でいいって」
とうとうえみを睨んでしまった。
冷静沈着と、自他共に認められているはずなのに。
俺って、こんなにも嫉妬深かったのだろうか?
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