舞台装置

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 空は割れず、風は止まらない。蛇口をひねれば水が出る、スイッチを入れれば電気がつく、当たり前の世界。  あたしはずっとそんな世界に懐疑的だった。すべてが予定された明日なら、今日死のうが数十年後に死のうが、なんの差もないじゃないか。そう思っていたのだ。    しかし、ある日ふと気がついた。  明日死ぬかもしれない、いや、今この瞬間に世界が滅ぶかもしれない。そう考えるようになってから、急に何も「無駄」がなくなったような感覚を味わっている。数十年に及ぶ壮大な「無駄」の中を漂うだけだった人生が、ふわりと煌めきを放ちはじめたのだった。  自分の人生に価値を与えられるのはやはり自分自身だけだ。他人から値踏みされる生き方などしたくない。そうやって鳥篭の中で考え続けることは簡単だけど、そこにすら行き着けない人の方が、この世界にはごまんといる。  でも、あたしは気づいている。耳ざわりのいい言葉で、つくられた優しさで、白くてモヤモヤしたものの奥に隠された、その真実の存在に。どいつもこいつも浮かれながら頬をだらりと緩ませている中で、ただひとり、あたしだけが!  そう思えば、周りの人間と打ち解けられない、もとい打ち解けようとも思ってなかったけれど、誰と言葉を交わしても何も響いてこない自分こそが世界で唯一正常であるような心地さえする。  自分こそがミカン箱の中でただひとつだけ残った、まだ腐っていないミカン。  根絶やしになって死んだはずの畑の中で、今しがたひとつだけ育ち始めた芽。  暇つぶしに使われてしわくちゃになっている中で、ひとつだけ潰されていないプチプチ。  オスの三毛猫。  失礼だな。あたしは女だよ。
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