俺、てんぷらパスタ嫁のダンナ

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「回復期リハビリテーション病棟のパン太郎さんにまた新作を勧められたわ」 やつれた看護師が申し送る ナースセンターでは千葉の元パン屋が「天才的なレシピ」を量産し始めたので大パニックである。 パン太郎(仮名敬称略)は脳血管障害で緊急搬送された。 在宅介護に向けて準備していたのだが突然非の打ち所がない素麺のレシピを書き綴る異変が起きた。拘縮していた指が手袋をはめるように動き出した。 「さっぱりわからない」 担当医が頭を抱えた隙にペンを奪われた。そしてパン太郎はレシピを綴り始めた。ただ彼には麺料理の素養がない。主治医は問題ないと判断した。 その噂をイートインコーナーの主任が聞きつけた。売れ筋商品の焼きそばパンには必要不可欠な技量だ。彼は不振の理由を冷蔵庫に転嫁していた。パン生地の温度管理が味の秘訣だという。先代の代替機として届いた新品の完成度を疑い、配達された当日に難癖をつけて返品した。 病院の冷蔵庫スペースは現在スッカスカなのだ そこで俺の出番だ!とパン太郎が一念発起した。冷やさない方法がある。 「パン太郎さんが立ち上がった」 唖然とする看護師をよそに院内を歩き回る。その回復ぶりに周囲は驚いた。本人もこんな時代こそ絆を深めたいと願う。 ただ千葉のパン太郎は認知症が進んで自分を天才麺類屋だと信じている。 貴方はパン屋ですよ、といくら諭しても「俺は小麦粉の天才だ」という。 あげく「お前たちを洗脳したのは国家だ」と言い始めた。 担当者会議が開かれた。ケアプランに焼きそばパン作りが組み込まれた。 彼はいくつかの検査を経て、病院側の許可を得て材料の準備を始めた。 で、なぜか俺もパン太郎さんと一緒に粉を練っている。なんで介護士が? それはともかく疲れと空腹で、麺を作れるかどうか疑わしくなってきた...。 しかし、レストランはフル稼働している。 彼がいう。自分の家で作れないものは、お店でも作れない!? いいや、厨房にいる仲間が頼りなんだ。深刻な状況なのだ。 麺を打つ入所者たち。 「食うや食わずの状態。生きながらの死を待つような日々」 愚痴に俺は「そんな時もあるかもしれないけど……今は大丈夫!まだ生きている!生きていれば、何とかなる!」と励ます。 頑張れば美味しさで報われる。 「よっしゃー! 書けたぞ。ばっちりキマッタ。託したぞ」 「はい、パン太郎さんの黄金レシピを忠実に再現します」 俺は作業開始する。
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