ドキドキ倶楽部

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盛り場の外れだけあって、すれ違う人もまばらだ。暖簾を片付けた大衆食堂やらシャッターが閉まったまま何年も開いた気配がない安酒場に混じり、見慣れぬ店が桃色のネオンを光らせていた。熱田は近寄って、店を見上げてみた。 ドキドキ倶楽部。桃色に妖しく光る看板の文字はそのように読めた。店の外観やら看板やらを眺めた限りでは、どうやら新手のフーゾク店のようである。この街ではその手の店を開業するに際して必ず〈組〉に挨拶を入れねばならぬ。別に法律で決まっているわけではない。終戦直後からの古い習わしだ。挨拶を怠ったフーゾク店は組が全力で潰しにかかる。そしてその役割を担わされているのが他ならぬ熱田アツシなのだった。 熱田は派手なストライプ柄の背広の内側から携帯電話を取り出し、まずは組へ問い合わせてみた。熱田が知らぬところでドキドキ倶楽部が組に挨拶を済ませているのかも知れぬからだ。 「……そうか。わかった」 やはり組はドキドキ倶楽部から挨拶など受けていないとのことだった。 「今から暴れることになるかも知れん。いいや、オヤジには黙っとけ」 オヤジというのは、熱田よりふた回りも年下の組長、高本のことだ。高本の名前を出されると、熱田は途端に機嫌が悪くなる。 熱田は電話を切ってから両肩を回した。それから首を回し、関節をコキコキと鳴らした。 熱田はドキドキ倶楽部の重い扉を力一杯に開け放った。
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