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そっから、おれは伊藤とは学校に一緒に行かなくなって、ご飯も食べなくなった。周りの奴らだってそりゃあ察する。毎日一緒にいたんだから。
でもあんなふうに終わった今、気まずくて謝りにも行けないし、伊藤がいなくなっても周りに友達はたくさんいるし。それもそれでいいか、って諦めていた時だった。それに、定期テストでそれどころじゃなかったし。
でも数週間経って、おれは放課後にあの「リサ」ってやつに呼び出された。
リサは隣のクラスのやつで、おれが「同じ高校のやつだったんだ」って言うと、「他人に興味なさすぎでしょ。凛朔と同じクラスだよ」と言いながら、スキー教室で誰もいなくなった二年生のフロアにおれを連れて行った。話があるって言われて、おれはもう伊藤のこと以外ねえなって思った。
空き教室に入ったリサは床にリュックを置くと、机の上に腰掛けた。下の階や校庭から聞こえる声だけが響く。おれはこれからお説教でもされるのだろうか。
「…伊藤がなんか言ってた?」
「何も。」
リサはおれの顔をしっかりと見ながら、床についてない脚を揺らした。怒っていそうなその顔は、第一印象の怖いって感情をまた感じた。おれが言ったことにすぐに返す感じからも、怒っていそうだなと感じる。
「じゃあ、何?」
おれは少し急かすように聞いた。仲直りさせようという、リサのお節介なんだろうか。どちらにせよリサは関係ないし、伊藤も自分で言いにこないところがムカつく。
リサは揺らしていた脚をピタッと止めると机から飛び降り、おれの前に立った。
「…凛朔のことみた?」
おれは目を逸らして見てないと答えた。
「あのこ、大分やつれて成績落ちてきちゃってるんだよ。この前の定期テストもいい点取れてなかったし。」
おれは答えない。そんなこと知ったことかとしらを切る。厳しいお父さんに怒られるだけだし、成績におれは関係ねえ。
リサは目を逸らすおれにため息をつくと、「言いたくなかったんだけど」と言った。それを遮るように、おれは
「仲直りでもさせるつもりなんだったら、おれは知らない。伊藤に直接来させて…」
と言った。リサはまたそれを遮るように
「あんた何意地はってんのよ。それに、そんなこと言いにきてない」
と返す。少し悲しそうな顔のリサの顔は鼻と頬が少し赤かった。
少しの沈黙の後、リサは話し始めた。
「言いたくなかったし、あの子から止められてたんだけど。…凛朔の親のこと何も知らないでしょ。」
伊藤の親は勉強第一の親だってのを、リサは言った。それは知ってる。伊藤を医者にするべく塾と学校しか行かせない、教育パパママ。でもそれだけじゃなかった。
順位が一位から落ちたり、点数がよくないと父親は殴るらしい。ちゃんと服を着たらバレない部分ばかり。母親は父親に全てを任せていてあまり伊藤に興味がなく、今は別居をしているらしい。確かに、伊藤の口から母親の話を聞くのはあまりなかった。
よくよく考えたらおかしな親だ。そんな過保護な親が、いじめられて殴られた後のある子供を放っておく意味がわからない。そんなこと、考えたらすぐにでもわかったことだろうに、おれは全然考えていなかったんだと自覚した。
自分だけが母子家庭で苦しんでいて、他の両親がいる人たちは幸せだなんて決めつけて、伊藤の出す違和感に何一つ気づくことができなかった。ショックで開いた口が塞がらないおれに、リサは続ける。
「幸福な家庭ってほぼ同じだけどさ、不幸な家庭って人それぞれ全然違うんだよ。それを知れたんだからいいじゃん。はっきり言わなかった凛朔にもちょっとは非があるけどさ」
おれはうなづくと、伊藤のケータイに連絡を入れた。すぐにでも伊藤に謝りたい。俺はなんも伊藤のこと知ろうとしてなかった。自分のことしか考えてなかったって。
でも中々電話が繋がらなくて、おれは「もう着信拒否されたかな…」と落ち込んだけれど、リサはその俺の腕を掴んで引っ張る。
「成績が下がったのを聞いて、お父さんが殴ってるのかもしれない。家に行くしかないよ」
「そっか、今日で全部返されたんだもんな」
おれとリサは急いで鞄を取ると、伊藤の家の最寄りの駅まで向かった。
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