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妹の生態
藍は学校が楽しい。
友達もいるし授業もついていける。
教師も藍に期待していてよく応援の声をかけてくれる。
それは絵画コンクールでの出来事が大きかった。
半年前、中学二年生の冬に行われた絵画コンクールで藍は金賞をとり全校集会で表彰された。
全校生徒から注目を浴びた藍はクラスで“ゴッホの転生”と呼ばれ一躍人気者になった。
「あんたに絵の才能があるなんて驚きだわ」
「天才って隠れてるもんだよな。能ある鷹がついに爪を晒したか!」
「いや中一から晒せよもったいない」
突如開花した藍の才能にクラスメイトは驚きの声をあげた。
気軽に話せる友達と他愛もない話で盛り上がり、しょうもない事で時には衝突し時には涙する。
学校生活は青春を味わう藍にとって最高の人生のスパイスだ。
……だから学校に行かない妹にも“外”の世界の楽しさを覚えてほしいわけで。
家に帰ると紫は座椅子の上でゲーム機の画面を真剣に睨んでいた。
今日は特に凄かった。
片手ゲーム機片手スナック菓子が通常、さらにテレビまで起動され足にもコントローラーが握られている。
器用に足の指でテレビ画面の勇者を動かし、睨む対象のゲーム機を片手で支えもう片方の手でスナック菓子を頬張る。
「お姉ちゃんおかえり」
「あんた……今日は磨きがかかってるね」
「越えられない限界を越えてみようかと思った。見よ、私の限界」
「意味わからん」
ここで我が妹の生態について説明しよう。
紫を構成する主成分について。
人間の身体を構成するものといえば炭水化物、たんぱく質、脂質だが紫を構成するのは“娯楽”成分だ。
其の一、紫はいつもゲームかテレビを見ている。
スマホを使うSNS全般はチャラついてて嫌だと敬遠してるためゲームはもっぱらオフライン。
其の二、漫画も読み専で家には単行本が床の底を心配する程多い。
其の三、アニメは録画よりリアタイ派なので深夜にアニメ鑑賞している。翌朝の目の下の隈が凄い。
……以上の三つの娯楽要素で紫は成り立っている。
「学校に行けばもっと娯楽が待ってるのに」
「またそうやって学校行かせようとするー。いいの私はここが楽しいから」
お姉ちゃんは学校が楽しくていいねー、と言う紫の言葉に藍は言い返す。
「私だってずっと楽しかったわけじゃないよ。紫も知ってるでしょ? 私が事故にあったこと」
「……うん」
藍は一年前交通事故にあい事故以前の記憶を失っている。
国語算数、時間の計測、電車の乗り方などの学習能力には異常はないものの、自分自身の記憶、家族や親戚など人間関係に対する記憶を一切失ってしまった。
それでも藍は持ち前の明るさで中学に復帰し“今まで通り”の日常を送れている。
「辛い経験を乗り越えれば必ず幸せが獲得できると? 自分や世の中の価値観を私に押し付けないでよ」
そう言う紫の笑顔はどこか歪んでいて藍は少し怖く感じた。
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