タクシー怪談

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 夜も更けて雨脚が強くなってきた。  俺は通りに佇んでタクシーを捕まえようとしていた。けれど、こんな雨の日にはタクシーはなかなか捕まらないものだ。客を乗せたタクシーが次々と俺の前を通り過ぎて行く。中には路上に溜まった水を、俺に向かって撥ね上げて行くタクシーもある。  今夜はだめだ。日を改めて出直そう。そう思ったとき、タクシーが俺の前で停車して、早く乗れと誘うようにドアが開いた。 「どちらまで行きますか」  タクシーに乗ると、運転手がこちらに背を向けたまま聞いてきた。 「取りあえずM町の方に行ってくれ。途中でまた教えるから」  タクシーは俺が言い終わらないうちに発車して、車の流れに乗った。 「お急ぎじゃないですか」 「いや、特に急いでるわけじゃ……」 「そうですか、ならよかった。夜更けにこんな雨の中をスピード出して走るわけにもいきませんからね」 「ゆっくり行ってもらって構わないけど」  そうだとも、早く行く必要などないのだ。目的はM町に着くことじゃなく、タクシーの金を奪うことなんだから。  しばらく行って、大通りから脇道に入るように指示する。人通りのない道で車を停車させて、バッグの中に忍ばせた金槌で運転手の頭を殴り金を奪う。前回はこの手はずで上手くいった。今回もぬかりなくやれば大丈夫だ。 「こんな雨が降ると、あの話を思い出しますよ。タクシー運転手の間で有名な、雨の日の消えた女性客の話です」  客が話しかけても不愛想で返事もしない運転手も多いが、今夜の運転手は愛想がいい。そう、あの夜の運転手も愛想よかったな……。 「どんな話?」  話に興味はなかったが、俺は調子を合わせる。 「聞けばお客さんも、なんだあの話だったのかと思うでしょうけど、お話ししましょう。タクシー運転手では有名な話です。  雨が強く降るある夜のことです。一人の若い女をタクシーが乗せました。女は行先を告げた後は、口を開かずに後部座席に座っています。運転手は普通ではないものを感じながらも目的地に女を送ります。『着きましたよ』と言って振り向くと、女の姿は消えているじゃありませんか。運転手は女を乗せたつもりが、うっかりして乗せずに発車したんだなと思いました。ところが、ルームライトを点けて後部座席を見ると、シートがびっしょりと濡れていました。後で調べてみると、女は病院の前で乗ったんですけど、その夜、その病院で死んだ女がいたということです」 「その話、聞いたことあるな」 「でしょう。色んなバリエーションがありますからね」 「都市伝説だろ」 「そうだと思いますね。実際、私の運転手仲間は誰も経験してませんから」
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