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「何言ってるの。僕と別れてひとりでやっていけると思ってるの? 沙由里を安心させるために会社は休みにさせてもらったって言ってたけど、あれは嘘だよ。会社はもうクビになってるはずだよ。だってそうでしょ。たかが額切ったくらいでこんなに休めるわけないじゃん」
「それでもいいの。仕事はまた探す。気持ちは変わらないから」
「……わかった。とりあえずまた明日改めて話そう。今日はもう遅いし」
悟さんは落ち着いた声でそう言って、また寝室へ帰っていった。力が抜けてその場でへたり込む。でも、ちゃんと言えた。わかってもらえた。大きく息を吸って、吐く。
「ここにはもういられない」
貴重品と着替えなどをかき集め、大きなボストンバックに詰めていく。この時間ではもう電車も動いていないけど、タクシーでもいい。とりあえず実家に帰ろう。悟さん宛に置き手紙でもしてそっと出ていこう。
立ちあがろうとした瞬間だった。後ろから背中を押され、床に組み伏される。頭を強く打ちつけ、手術した部分がまたピリッと痛んだ。
「沙由里、どこ行くの」
「実家に……」
「こんな時間から? 迷惑だよ。やめておきな」
「でも……」
悟さんはわたしを抱き上げ、寝室へと運び入れる。逃げ出したかったけれど、頭を打ったせいか身体が言うことをきかない。
「明日にしようと思ったけど、今からにしよう。ちゃんと沙由里がわかるまで説明してあげるから。別れないで僕のそばにいたほうがいいってことをね」
そう言った悟さんはとても穏やかに笑っていて、もう夜は明けないのかもしれないと思った。
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