雨の記憶

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『…………真由………真由……中井!』 「えっ??」 浩二君が私を呼ぶ時の呼び名で呼ばれて、 一瞬、いまがいつか、ここがどこか、 わからなくなった。 『どうしたんだよ、ボーッとして。』 あの頃の純粋な気持ちが愛おしい。 もう、あんなに切なく雨音は響かない。 情事のあとを流すシャワーの音が いまの私の雨音。 まさか私が不倫するなんて。 体だけの関係を受け入れるなんて。 こんな私…嫌だな。 「ごめんなさい…。 今日は1人で帰ります。」 『え?どうした?具合悪い?』 「いえ。その辺で下ろしてください。」 『けっこう雨降ってるし、家まで送るよ。 もう、すぐだし。』 「……ありがとうございます。 せっかく時間を作ってくれたのに ごめんなさい。」 雨の割に道は空いていて、あっという間に いつも車を停めている公園に着いた。 黒崎は車を路肩に寄せ、少し黙る。 重い沈黙。チッカチッカというウインカーの 音だけが聞こえている。 「黒崎さん……私、もう会えません。」 『…………うん。そんな気がした。 真由、会っててももう、前みたいに 楽しそうに笑わなくなったもんな。 ごめんな……俺が悪い。』 「いいえ。私がいけないんです。 この関係を受け入れ続けた自分が。」 『いや、俺がずるかったんだ。ごめんな。 今まで、ありがとうな。 きちんと、幸せになるんだよ。 でも、変な男には捕まるなよ。 ま、俺が言うのもなんだけど』 私が大好きな笑顔で黒崎が笑った。 お礼とお別れを告げ、車を降りると 土の香りを含んだ水の匂いがした。 見慣れた車はすぐに後ろ姿を見せ、 テールランプを点滅させながら 雨の中へと消えていった。
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