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下駄の鼻緒
それからどれくらい経った頃だろうか、大林公園内のテニスコートのフェンスのほうから鍵が解除されるような音がした。
少しだけ開いたその扉からは二匹の犬が飛びだしたかと思うと、駆け足でこちらに向いて走って来るではないか。
「あれって、チビちゃんじゃない⁉ あっ花子もいる! えっどこから来たんだろう?」
・・・・・
「チビ、何処にいたの? 今までどこにいたのよ! みんな心配したのよ。」
頬を寄せ抱き着くユミの問いに、チビは既に答えを出していた。
チビの首輪には男物の下駄の鼻緒が結ばれていた。
「なにこれ⁉ パパの下駄の鼻緒かしら? んなこと無いよね?」
ユミはアンビリバボーを実体験したようだ。そしてそこに居るみんなに生前、辰則パパが庭の敷石に降りる時は好んで下駄を選んで履く話を始めた。
そして、その下駄がペットボトルに傾斜を造り、辰則パパの植樹した桃の木の水やりを手伝ったことも。
「それって、何かの偶然? 世の中には偶然で片付けられないこともあるんですよね!」
「パパ、僕が『偶然とは思えないって言ったら』思いっきり否定したじゃない⁉」
「否定したんじゃない! 拒絶したんだ!」
すると京子ママの弾んだ声が帰ってきた。
「それって、どちらも同じじゃないんですか?」
その夜のことだった。ユミが半ば強引に桃栗家族を自分の家に招待したのである。
井原家のママさんの様子ですか? そりゃ久しぶりの賑やかさの中で、所狭しと台所を動き回っていた。
特にユミと何度も肩がぶつかる、その様はまるで辰則が海外赴任を発表した夜の賑やかな食卓を再現したようでもあった。
・・と語ったのは、いいえ私じゃありませんよ。花子と並んで伏せをしていたチビの感想だったのです。
―完―
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