名前(私)

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名前(私)

「あなたのお名前を教えていただけますか?」 私がそう問うと、幼い少年はその短い記憶を辿ろうとしているようでした。 「名前……?」 彼は燃えるような赤い頭を小さく傾けて、それから眩しい新緑の瞳で私を見上げました。 「あんたの名前はなんて言うんだ?」 私……ですか? 困りましたね。 私の名は、あなたが知るにはあまりにも早過ぎます。 いえ、最後まで……私の名は誰にも知られずにいるべきなのでしょう。 「すみません。名乗れるようなものはないんです」 そう答えると、彼は目を丸くしました。 「そーなのか? 人には皆、名前が付いてるもんだと思ってた……」 そう呟く少年にもう一度名前を尋ねようか悩んだところで、少年はどこか寂しげな苦笑を浮かべました。 「……いや、俺にもそんなもん無いな。『おい』とか『チビ』とか『クソガキ』とか色々呼ばれてたけど、どれも俺の名前じゃなかった」 名前が無い……? 名を持たないのに、こんな膨大な生命力を保持できるはずありません。 おそらく彼は知らないだけなのでしょう。 「あんたがつけてくれよ」 恥ずかしいのか、彼はぶっきらぼうにそう言うと目を逸らしてしまいました。 彼の新緑の瞳が視界から消えると何とも言えず喪失感を感じてしまうのは、彼の生命力のなせる技なのでしょうか。 それにしても、私が人の子に名を付けるだなんて……。 そんなことを求められたのは、長い長い生の中でも初めてでした。 彼には本来の名があるはずです。 それに、私が名を付けてしまうと主従契約になってしまいかねません。 どちらにせよ受けることの出来ない申し出でですが、それでも私は確かに、その申し出を嬉しく感じてしまったのでした。
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