2話 冬のハエトリグモ

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俺の吐き出した精でどろどろになったミスジの手が、そのまま下へぬるりと移動する。 俺の、尻の方へ。 ミスジの細い指が俺の尻の穴へぬるぬるした液体を塗り込むように蠢く。 「な……」 なんか……これ、おかしくないか? と尋ねようとした俺の口の中にミスジの指が入り込んだ。 「んぅ……む、ぅ……」 口の中に侵入したミスジの二本の指が、俺の舌を撫でたり舌の付け根をなぞったり、上顎を優しく押し上げる。 その度に、息苦しさと甘い痺れを感じる。 なん……こんな、とこ……、っ。 「ぅんぅ……っぅぁ……っ」 「こーたさんぼくより身体が大きいから、触りながらだとキスできないなと思ったんですが……、こーたさんはぼくの指でもちゃんと感じてくれるんですね。上手ですよ」 ミスジが嬉しそうに笑う。 何だよそれ。いや、俺今までモノ以外触って気持ち良かったこととかないんだが……?? 何で、こいつに触られると、こんな、に……っ。 「!?」 ぬるりと尻の穴に入り込まれる違和感に、俺は身を固くした。 「え、ちょ、待て……っ」 ミスジの指を必死で吐き出して、俺は何とか言葉を口にする。 「待てよおいっ。俺が入れられる側なのかっ!?」 「え……? ダメですか?」 「ダ、ダメって言うか……。だって、恩返しっつったら普通恩を返す方が下だろ!? ミスジだって、俺に入れてほしいって……」 「あれ? ぼくそんなこと一度でも言いました?」 「え? えーと……」 俺は今までの記憶を辿る。 最初は何て言った? 『こーたさん……、ぼくと、してみませんか?』 た、確かに……。 え、じゃあさっきは……? 入れてくれ的なこと言ってなかったか?? 俺は記憶の中で甘く囁くミスジを思い返す。 『……ぼくとひとつになってください』 『こーたさんが欲しいんです……』 『こーたさん……ぼくに、許していただけますか……?』 言ってない。確かに言ってないな。 つーかこれは全部、俺に入れさせろって言ってたんだな? 「……」 返す言葉を無くした俺に、ミスジが優しく微笑む。 「こーたさん、ぼくに入れたかったんですか……?」 ミスジの手が俺の頬をゆっくり撫で下ろす。 「い、いや、そういうわけじゃ……」 間近に迫られて、思わず否定の言葉を口にする。 「それならいいですよね?」 「え、あ。そういうことじゃな……っ」 スッとミスジが身体を低くすると、ぬるぬるにされた俺の後ろへ何かがずぶりと入り込んだ。 「っぅ……っ」 異物感に息が詰まる。 「大丈夫ですよ、ぼくの指はこーたさんのお好みで細いですから。優しくしますので、力を抜いててくださいね」 言われてようやく気付く。 そうだった。こいつの大人しそうな外見は、こいつが持って生まれた物じゃなくて、俺の好みに合わせた姿なんだ。 つまり、この外見とミスジの性格は一致しないってことなんじゃないか? そういやふわふわした見た目でも、こいつがドジだったり要領が悪かったりする様子は無かったよな。 それどころか、家事はできるし料理もできるし、こいつは最初からデキる奴だったじゃないか。 くそ、油断してた。 まさか……、まさか最初から、俺はこいつに貞操を狙われてたのか……!? 俺の中へ、ミスジの指は深く進んでゆく。 「……っ、ぅ、くっ……」 「ああ、こーたさんは心だけじゃなくて内側も綺麗なんですね。これならこのまま出来そうです」 な、なんの話だ? 「まっ、待て待て、待てミスジ!」 「もうこれ以上待てませんよ。ぼくだって、ずっと我慢してたんですからね……?」 言葉通り、ミスジの指が一本から二本へと増える。 「ぁ……やめ……、っ、ぅ……」 「こーたさん、力を入れてたら痛いですよ? 痛いのがお好きならそれでも良いですが」 「そ、んな、わけ……あるか……っ」 必死で言い返した俺の頭をミスジがぐいと引き寄せる。 屈んだ拍子にミスジの指が内を擦る。 「……っ」 「こーたさん、ほっぺがこんなにぽかぽかで、あったかいですね」 俺の頬をミスジの細い指が愛しげに撫でる。 すり……とすべすべの頬が俺の頬に重ねられる。 ミスジの香りがどこか甘くて、頭の芯がじんわり痺れる。 俺の耳元で、ミスジはそっと囁いた。 「ぼくは、こーたさんが泣くとこも見てみたいですけどね」 「な、んっ……!?!?」 こいつ、中身はバリバリの捕食者なんじゃねーかっ!? そういやハエトリグモはハンターだって書いてあったよな。 自分より大きな獲物にも立ち向かうとかなんとか……? にしても人間はデカ過ぎないか!? 「おまっ……」 文句を言いかけた俺の口をミスジの小さな唇が塞ぐ。 「こーたさん、頷いてくれたじゃないですか」 唇が触れ合う距離での拗ねるような声。 確かに頷いた手前、悲しげな瞳で見上げられては返す言葉がない。 「そ……それは、そう……だ、けど……」 「じゃあもう諦めて、ぼくに抱かれてくださいね?」 「ぅ……ぐ……」 にっこり微笑まれて、俺はもう一度仕方なく諦め始める。 まさか、既に諦めかけていた、初体験が男でしかも人間ですらない事に重ねて、自分が入れる事すら諦めなければならないとは……。 俺はあの日玄関を開けた自分をもう一度呪った。
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