13人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
「――……は?」
えーと、なんだ、その……。
なんか今、めちゃくちゃぶっ飛んだ台詞を聞いた気がするんだが。俺の聞き間違い……だよな?
「ぼく、こーたさんが喜んでくれる事なら何でもします。何でも言い付けてください」
「……はい?」
何だって?
こいつが、えー……何だって?
何をどう聞き間違えればそうなるんだ?
いよいよ混乱が極まってきた俺は、思わず青年を指差して確認する。
「えーと……。君が、蜘蛛で?」
「はいっ」
元気に返事をするオレンジ頭の青年。
いや、よく見ればオレンジなのは前側だけで、後ろは概ね茶色をしているようだ。その中で真ん中だけが一房生成りのような淡いベージュ色をしている。
確かに人間離れした髪色をしてはいるが、だからといって蜘蛛に見えるかと言えばそれはノーだ。
人間だって、染めればこんな髪色にもなるだろう。
頭上が見えるって事は、玄関の段差もあるが俺より十センチは背が低そうだ。
「……で、君は、俺に恩返しがしたい……?」
「はいっ」
にっこり笑ってそんな嬉しそうに答えられると、どうすりゃいいのか分からないんだが?
「何かお困りの事はありませんか? 僕で出来る事なら何でも言ってください」
さっきまで気弱そうに見えていたオレンジ頭の青年だったが、可憐な笑顔を纏えば急に人懐こい雰囲気になった。
困った事かぁ……。
強いて言うなら、今目の前によく分からない奴がいて困ってるんだがな。
帰ってくれって言ったら、こいつはまた泣くんだろうか……。
困った気分で辺りを見回せば、あちこちで目につく不用品の数々。
そうなんだよな。
そのうち片付けなきゃとは、ずっと思ってたんだよ。
視線を戻せば、ふわふわのオレンジ頭は大きな黒縁眼鏡の奥から期待に満ち満ちた瞳で俺を見つめていた。
黒めがちな瞳はどことなく実家で飼っている犬を思わせる。
そこに縋り付くような気配も加わって、まるで捨てられた子犬みたいな様相だ。
何でもするって言ってるんだし、まあちょっと手伝ってもらえばいいか。
そうすれば、こいつも納得して帰ってくれるんだろう。
俺は肩で玄関の壁にもたれると、仕方なく口を開いた。
「えーと、うん。……じゃあ、一緒に片付けでもするか?」
「はいっ」
眩しいほどの笑顔を見せて、オレンジ頭は大きく頷いた。
「ぼく、頑張りますっ」
その言葉通り、青年はまめまめしく働いた。
小柄なわりに力仕事もひょいひょいこなしたし、拭き掃除は隅までピチッと抜かりなく、どんな作業もにこにこ嬉しそうにやってくれた。
あ、掃除機だけは酷く怖がったので俺がやったが……。
まあ蜘蛛だから? 仕方ないよな?
……っていや、そんなはずないだろ。
なんかあんまり自然に言われると、うっかり信じそうになるな……。
「こーたさん、次は何をしたらいいですか?」
ゴミ袋を縛り終えて、くるりとオレンジ色がこちらを向く。
「んー……。いや、もうこれで全部だよ」
あんなに沢山あった訪問販売グッズがすっきり片付いて、部屋は見違えるほど広くなった。
いや、三分の一ほどは纏めて玄関に積まれているわけだが。
粗大ごみに出すのが手間で困るんだと話したら、彼が持ち帰ると言ったからだ。
もしかしたら、そういう商売なのかも知れないな。
不用品の引き取りとか回収業者って、時々回ってくるよな。
ちょっとその……話術が斬新なだけで……。
まだ新品のような品々をゴミに出すのがもったいなくて、なんだかんだ今日までずるずると共に過ごしていたが、彼が使ってくれるならそれでいい。
転売するにしても、まあいい。俺がずっとできずにいたことだ。
無料で引き取ってもらえるなら、俺はそれで十分だった。
「あ。でも不法投棄とかしたらダメだぞ?」
ちょっと心配になって念を押せば「はいっ」と元気な声の後、彼は首を傾げた。
「……ふほうとうきって何ですか?」
おい。わからないのに頷くんじゃない。
「不法投棄ってのは許可なく物を捨てることだな。たまに、山の中とか川辺とか池とかそんなとこに勝手にゴミを捨てる悪い奴がいるんだよ」
俺の言葉を真剣に聞いて、青年は目を丸くする。
「勝手に捨ててはダメなんですか」
「ダメだな」
「では、山の神様に許可をいただいてから捨てますね」
思わずがっくりと膝の力が抜ける。
どこまでが設定なのかわからないが、俺はつい真面目に訂正する。
「いやいや、許可するのは役所だよ」
「役所……?」
「役所ってのはだなぁ……。あ、区役所のホームページにゴミ処理のページあったよな」
区役所のページでも見せてやれば納得するだろう。
俺はそう思って、ノートパソコンを手に取るとソファがわりのベッドに腰掛けて画面を開く。
何事だろうかと戸惑う様子のオレンジ頭に俺の隣をぽんぽんと手で示せば、嬉しそうにピョンと隣へ腰掛けた。
なんか小動物に懐かれてるみたいで、悪い気はしないんだよな……。
視線を手元に移せば、スリープから戻ったディスプレイには、さっきまで見ていた動画サイトの広告がどんと表示されていた。
よりにもよって、たゆんたゆんしてる肌色なやつが。
「………………」
な……、なんか言い訳をするべきか?
それとも、ままあることだとスルーでいいのか??
言葉を見つけきれないまま、俺は無言でブラウザに新しいタブを開く。
すると、俺の画面を一緒に覗き込んでいたオレンジ頭は「あ」と短く声を上げ、ポンと両手を叩いた。
何だその『あっ、これ進研ゼミでやったところだ!』みたいな顔は。
「ぼく、神様から聞きました! 人間は種族を増やす目的以外でも、交接する生き物だって」
「交接……?」
思わず聞き慣れない単語の方を口にしてしまったが、この場合は神様の方を気にするべきだったんじゃないか?
「あ、えっと、人間は交尾でしたっけ」
……やっぱり、あのエロ広告お前もしっかり見たんだな。
「お前、どうして役所は知らない癖にそんな単語は知ってるんだ?」
いやここは突っ込まずにはいられないだろ。
なんか設定に著しい偏りがないか?
「ぼくは人間の言葉は話せませんので、これは神様が自動翻訳してるんだって言ってました」
「自動翻訳……」
頭の隅を灰色のこんにゃくがぷるんと掠める。
「神様のお力で、ぼくが思った事をそのままこーたさんのわかる言葉にしてくれてるらしいです」
ああすまん。自動翻訳の意味は知ってた。
「神様が、交尾は恩返しの定番だから誠心誠意励むようにとおっしゃってました!」
蜘蛛を自称する青年は、人懐こい笑顔にやる気を漲らせてそう言った。
最初のコメントを投稿しよう!