13人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
「待て待て待て! その神様大丈夫か!?」
思わず突っ込んでしまった俺に、オレンジ頭はキョトンと首を傾げる。
「? 蜘蛛神様ですか? 優しい方ですよ」
あ。神様っつっても俺たちと共通のやつじゃないんだな。
蜘蛛達の神様なのか……。
それにしたって、いいのかそれで……?
「あ……。ぼく、神様にこーたさんの好みの顔にしてくださいってお願いしたんですが、もしかして……お好みとは違ってましたか……?」
青年は、さっきまでキラキラと輝かせていた黒い瞳を伏せて、しょんぼりと肩を落とす。
「いやいや、そうじゃなくて。お前……は、男だろ?」
「はい。オスです。…………あ、こーたさんはオスはお嫌いでしたか……?」
いや、好きとか嫌いとかじゃなくてだな……。
伏せられた黒い瞳は、ふさふさとしたまつ毛と共にじわりと持ち上げられて縋るように俺を見上げてくる。
確かに顔は俺好みだ。正直超可愛い。小さな鼻はツンと尖って涼やかだし、黒目がちな瞳はうるうるしててなんか守ってやらなきゃいけない気分になる。
分厚い黒縁眼鏡の存在感がどこか野暮ったく見せてはいるが、それも純朴そうな感じがして良い。
くるんとカールしたふわふわの髪は柔らかそうだし、それを揺らしてにっこりと微笑めばそれこそ天使のような愛らしさだ。
今まで男ってだけでそういう目では見てなかったが、改めて眺めれば、マジで俺の好みど真ん中じゃないか……。
身長も俺より十センチほど小さくて、このちょっとだけちまっとしたサイズ感が可愛い。
「……せめて、お前が女だったらなぁ……」
って何言ってんだ俺。
たとえ女でも、いきなり家に押しかけてきた相手とはやらないだろ、普通に考えて。
自分のアホ発言に顔を覆って猛省していると、オレンジ頭がしゅんとうなだれたまま呟いた。
「こーたさんはメスがお好きなんですね……」
「まあ、一般的にそういうもんじゃないか……? 男相手にやる気になれる奴の方が少ないだろ」
「そうなんですか? 神様はぼくでも大丈夫って言ってくださったんですが……」
何がどう大丈夫なんだよ。勝手に太鼓判を押されても困る。
大体『恩返し』やら『身を捧げてこい』やら、一体いつの時代の神様だよ。
あーでもまあ、歴史的には昔からそーゆーのはあったのか。
「ぼく、やり方もちゃんと聞いてきたんですが……」
おいおい神様、こんな純粋そうな子に何教えてくれてんだ。
「こーたさんは、ぼくの事……お嫌いですか……?」
青年は、縋り付くように俺を見上げて身体を寄せてくる。
近い近い近い!!
誰だよ隣に座らせたの!! 俺か!!!
「えっ、いやその、嫌いとかそういうわけじゃなくて、だな……」
俺の言葉に、青年は不安と期待の混じる瞳でじっと俺の目を覗き込む。
「じゃあぼくのこと……少しくらいは好きだと思ってくださいますか?」
「ええっ!?」
今にも泣き出しそうな顔で、それでも黙って俺の答えを待つ青年。
いや、何だこれ。
俺か? 俺が悪いのか?? 何が???
「えー……あー……。そうだな……。まあその、少し、くらいは……」
いや何言ってんだ俺。
途端、不安に潰されそうだった青年の黒い瞳に、ぱあっと光が広がる。
「こーたさんっ! 嬉しいですっ!!」
「うぉわっ」
ぎゅっと横から抱きつかれて、俺は慌てて両手を持ち上げた。
いやなんか触っちゃいけない気がして。
ゴトっと鈍い音を立てて、俺の膝から滑り落ちたノーパソが床に落ちる。
おおい、大丈夫か俺のノーパソ。もうすぐ書き終わるはずのレポート、最後にバックアップ取ったのいつだ……?
「ぼく……ぼく、こーたさんのこと大好きですっ」
「!?」
視線を足元から胸元へ移せば、オレンジ頭が嬉しそうにすりすりと俺の胸に頬を寄せていた。
待て待て。だから何でこんなに懐いてるんだこの蜘蛛は。
俺、蜘蛛助けたりとかしたか?
虫は特別好きでも嫌いでもないが、記憶を辿ったところでピンとくるような出来事は浮かばない。
「こーたさん……」
幸せそうに俺の名前を呼ばれて、うっとりと目を細めたオレンジ頭を思わず撫でてしまう。
オレンジの部分は思った以上に毛が細く密集していてふわふわとした手触りだった。
……いや間違えた。
完っ全に間違えた。
撫でたらダメだろ。実家の犬じゃあるまいし。
「えへへ……」
俺のこんっっっっなに大混乱な胸中も知らずに、撫でられた本人はさも嬉しそうに表情を崩した。
何だこれ、こんなの可愛過ぎるだろ。
あったかいし、ふわふわもふもふしてるし、俺に撫でられて嬉しそうだし。
俺は考えるのを放棄して、しばらく無心でオレンジの毛並みを撫でた。
「こーたさん……」
その声に篭る熱を感じてギクリと手元を見れば、頭を撫でていた俺の手に青年の手が重ねられた。
俺の手はゆっくり青年の頬へ引き寄せられる。
青年は俺の手に、すりすりと頬を寄せた。
手の平に吸い付くようなすべすべの肌。
柔らかくてもっちりした感触は、もふもふとはまた違う気持ち良さだ。
「こーたさん……、ぼくと、してみませんか?」
優しく誘う囁き声に、思わず頷きそうになるのを何とか堪えて首を振る。
「い、いやほら俺達まだ今日出会ったばっかりだろ? そういうのはもうちょっと……こう、お互いを知る時間が必要なんじゃないか!?」
自分でも何を言ってるんだかよくわからないが、とりあえず言い訳として筋は通ってるんじゃないか?
大体、俺はまだ未経験なんだ。
それがどうして初体験を男……とか言う以前にこいつは人間じゃないんだろ?
つーか昔話とかに人の生気を吸う妖怪みたいなのいなかったか?
もしかして、そういう類いのなんじゃないだろうな!?
「……そういうものなんですね。分かりました……」
お。おお!? 分かってくれたか!?
青年は悲しそうではあったが、俺から身体を離す。
俺の手は、両手でしっかり握ったままだが。
「でしたら、こーたさんが良いと思われるまで、ぼくをこちらに置いていただけませんか?」
「へ?」
「ぼく、ご恩返しできるまで帰れないんです……。外はぼくには寒すぎて……」
出会った時の寒さに震える青年の姿がよぎって、俺は確かにと頷いた。
「そうだな、外は蜘蛛には寒い時期なんだろうな」
……って事は、こいつは元々家の中にいた蜘蛛って事か?
今まで外で大型の蜘蛛を助けたような記憶を探していたが、それがそもそも間違ってたのか。
けど家の中で出会う蜘蛛なんて、ちっちゃくてぴょんぴょん跳ねるハエトリグモくらいしか……。
そこで、ふと思い出した。
確かに俺は、家の中で時々見かけるハエトリグモに声をかけていた。
ただそれは邪魔だったからだ。使おうかと思った洗面所に居て。
「こらこら、そのままだとお前濡れるぞ」
「なんだ今日もここにいるのか? ここは水を流すとこだから危ないって」
ああ、そういえば風呂場にいたこともあったな。
「お前今度は風呂場に来たのか? 蜘蛛って水かかっても平気だっけか? よく分からんが、とにかく今からシャワるから出とけって。溺れるぞ?」
そんな風に追い出したりした事があった気はする。
……まさか。こいつはあの時の……?
「ありがとうございますっっ!! ぼく、人間のご飯とか作れるようになりますねっっ」
……ん?
なんだ? 何の話をしてたっけ……?
見ればオレンジ頭はにこにこと俺を見つめている。
「不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げられて、反射的に頭を下げ返す。
「あ、ああ。俺こそ……」
……いや。待て。何だって?
こいつが? これから? 俺と一緒に暮らす?
誰だそんなの許可したの。
……そうか。俺か……。
俺は自身に呆れ果て、内心ため息をつきながら目の前の青年をもう一度眺める。
青年は可愛らしい風貌で、俺のことが大好きで、俺の世話をやきたいらしい。
どこまで信じていいものかわからないが、どんなに警戒したところで俺はどうせいつも騙されるんだ。
その時は良い商品だと、良い選択をしたと思ってしまう。
玄関を開けたらもうダメだって、わかってたはずじゃないか。
開けてしまったのは俺なんだから。
それならもう、潔く騙されることにしよう。
腹を括って小さく自嘲すれば、オレンジ髪の青年が愛らしく微笑んだ。
最初のコメントを投稿しよう!