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「機嫌なおせやー!カレシが他の女と歩いてるとこ見てキレてるオンナみたいにめんどくせぇぞ!」
「いいですぅ。めんどくさくてぇ」
「うわっめんどくせぇ!マジめんどくせぇ!」
俺は健輔の横で顎をしゃくれさせながら、職員玄関の階段を下ってく。
「あれじゃオレがめちゃくちゃじゃがバター好きなヤツみたいになってんじゃねえかよ!」
「ソコ!?機嫌悪ぃのソコ!?じゃがバターみたいな顔してんだからいいじゃねぇか!」
「じゃがバターみたいな顔ってどんな顔だよ」
と言い返し、俺は階段を下りきった所で健輔に文句を重ねた。
「だいたいお前もなんであんなヘコヘコしてんだよ。お前らしくねぇなっ。ビビってんの?」
「いやビビってねぇよ。ただ…松宮先輩には小学校のときから何だかんだ世話になってから」
「世話ぁ?」
松宮先輩が人の世話を焼くような人間には思えなくて、俺は訝しんだ異議の声を上げて顔を不機嫌に歪める。
「さっきのはアレだけど、悪いとこばっかじゃねぇのよ。いい所もあったんだよ。今は…ちょっと、昔より荒れてっけど…」
俺たちの後から階段を下りてきたやまぶーが健輔と同じように松宮先輩を擁護してきた。
それでもなんだか素直にはそうかと納得できないでいると、
「そんなに気心知れた仲だったら言っとけ。夜中のバイクがうるさいんだよって。バカ騒ぎすんなら山の奥に行ってやれって」
同じように階段を瑞希と一緒に下りてきた涼介が、松宮先輩たちに対して否定的な態度を取った。
「テメェなんだその口の利き方!シメられんぞ!」
健輔は眉間に力を入れ涼介を睨みつけたが、
「そんなことができる度胸なんてあんの?アノ人たちに?身の程知らずの態度ばっか取って」
涼介は批判的な立場を崩さなかった。
「だいたい南川小出身の奴らはみんなそう」
「オイ…俺にケンカ売ってんのかァ?テメェ」
「松宮先輩も南川小出身だっけ?」
「あぁ。そうだよ」
俺の問いに健輔が不機嫌に応えた。
俺たちが通ってる森川中学校は俺と瑞希と涼介とコバが通ってた北森小学校、健輔とやまぶーが通っていた南川小学校、その二つの間に位置する東小学校の三つの小学校から生徒が集まる中学校で、その学校で代表的な感じの悪いグループを作るのも、悪さをしでかすのも、涼介が言うように南川小学校出身が大半だった。
その南川小学校出身者である三年の松宮先輩率いる松宮軍団は入学して程なく関わるなと他の先輩たちがお達しが来て、新入生が一週間も経たないうちにその存在を知るほどうちの学校で最も有名で、喫煙、飲酒、深夜徘徊など不良の真似ごと程度だと周囲に陰で笑われているが優等生が多いこの学校では最も素行が悪かった。
そんな松宮先輩ウィズ愉快な仲間たちとは学校を我が物顔で歩いている姿を何度か見かけたり、すれ違ったことはあったが、松宮先輩とは話したこともなければ目が合ったこともなかった。だけど今日あぁやって対峙して、松宮先輩は噂で聞いていた通りの人で、初めて見た時に感じたままの人間だったんだと思った。
自分が神様だとでも思ってんのかってくらい態度や物言いが、特に後輩にはやたらと高圧的で、人の気持ちなんて考えもしないほど根性が悪い、典型的な嫌な奴だった。
「ま、どうでもいいけどさ」
悪い方へ転がりかけてる場を収めるためにも、俺はそう言い捨てた。
本心でもあったし、元はと言えば争わせる松宮先輩という火種を口にしたのは俺だ。コイツらにはコイツらしか知らない松宮先輩たちの良い所があるんだろう。
「なんで先輩って一個二個、年が上ってだけであんな威張るんだろうな。ダセェって思わねぇのかな?」
「思わないからやってるんでしょ」
俺の素朴な疑問を涼介がばっさりと切り捨てる。
「まぁでも人生はよ、うまく渡っていかなきゃなッ!」
健輔が冗談ぽく闇雲に投げつけてきた言葉に何処と無く寂しさの霞がたなびいているような気がしたのは気のせいだっただろうか。健輔は何かを確かめるように、励ますように、力強くまた肩を組んでくる。
「松宮先輩の母ちゃんが、俺の母ちゃんの仕事を見つけてくれたんだよ。その恩もあっからさ…」
そして、さらりとそう健輔は付け加えてくる。
そんな親たちの事情があったから、だからあんな低姿勢だったのか、と無意味に思っていた違和感だらけのさっきの健輔の態度を俺は密かに半分だけ肯定に変えた。
怨霊山脇のことなんてすっかり忘れて、俺たち校舎の正面に並ぶ屋台にまた舞い戻って来た。
「やっぱりじゃがバターは食わなくちゃいけねぇよな」
「じゃがバターから離れろバカ。オレそんな好きじゃねぇ」
推理する探偵みたいに眉間に人差し指を当てて俺にじゃがバターを食べさせようとする健輔の頭を俺は叩いた。
焼きそばでもするかとやんわり決まり、やんわりと屋台に向かっていると、焼きそばの屋台の前で並ぶ芦北にぱたりと出くわした。
「なんでおめぇがいんだよ」
俺たちをパチパチ瞬きをしながら見る芦北に、健輔はげんなりした顔を食らわせた。そのすぐ側でいきなり唾を吹き掛けた人差し指と中指でせわしなく眉毛を整えるやまぶーに気づいたのはきっと俺だけだろう。
「いやべつにいいだろ。夏祭りに来るのは自由だろ」
「またそうやって芦北をフォローしやがって!好きなのか!?」
眉毛と口を毛虫みたいにモゾモゾ動かしたニヤニヤ顔で幼稚な茶化しをしてきた健輔の足を、特に弁慶の泣き所目がけて俺は足蹴りした。途端、健輔はすぐ蹴られた所に手を添えて、声にならない声を上げ、悶絶した。ざまぁみろ、と思った。
「ったく、好きなわけねぇだろ!」
と呆れて首を二、三回振ったちょうどその時。芦北の真横から小さな女の子がひょこっと現れたのが見えた。その女の子は芦北の上着の裾を小さな手で握りしめていて、くいくいと二、三度引っ張った。
「おねえちゃん、ふらんとふるとたべたい」
「フランクフルトね。何個?」
「いっこ」
「じゃあ …わたしも食べようかなぁ。今たべたいでしょ?」
芦北が膝を少し曲げて顔を覗き込みながら聞くと、女の子は「うんっ。たべる」とやや舌足らずにそう言って大きく頷いた。
「妹?」
俺が思わず訊けば、
「…うん。妹」
突然の問いに少し驚きつつも芦北は返してくれた。
「妹いたんだ」
コバが意外そうに芦北の妹を見ながら言った。
芦北に兄妹がいるとは思えなくてひとりっ子だとなぜが勝手に決めつけていたから、コバの気持ちが少し分かる。
「お前姉ちゃんなの?なんか頼りねぇー」
健輔の中でどんなお姉ちゃん像を描いていたのか知らないが、芦北を上から下まで一通り見て、独断と偏見で低い評価をくだした。俺は過小評価のような独断に思えた。
芦北はなんにも言い返さなかった。少し俯いただけだった。何かを耐え潜めるように。そんな落ち込まなくてもいいのにと俺は思った。
それから芦北は注文した焼きそばや妹のフランクフルトができるのを屋台の人に言われ、屋台の横にそっとはけていった。
「あれはお前の水風船が当たったんだ」
「はぁ?ちげぇし。おめぇのが当たったんだよ。俺がいた場所からじゃあんな風に山脇に当たりませんからぁ」
「コントロールが良い奴はな。でもお前は悪いだろ?当たるでしょ」
「なんだとテメェ!ちょっと自分が球投げんのうめぇからって調子のんなよ!!」
「あーはいはいはいケンカすんな。やまぶーとか俺のが当たったかもしれねぇじゃん」
「いや俺は絶対違う」
「いや何をもって自分じゃないと?」
涼介と健輔の口喧嘩を横目に俺らも屋台に並んで焼きそばを頼み、出来るまで芦北と芦北の妹が仲良くフランクフルトを食べている屋台の横にはけた。
すると俺たちが待っている焼きそばの屋台の裏側で固まって話している見知った顔ばかりが揃った大人たちが見えた。
「でもよかったですよね。お祭りが開催できて」「今年は中止かと思いましたよね」
そんな話をしていたのは、髪を若々しいポニーテールにした瑞希のお母さんと綺麗に切り揃えられたショートカットの涼介のお母さんだった。
涼介のお母さんは良いとして、瑞希のお母さんとここで顔を合わせるのはなんか気まずくて避けたい気持ちだったのだが、「ママ!」とコバがお母さん群集にあろう事か声をかけやがった。その声にお母さん連中が屋台の横にいた俺たちに気づいてしまう。瑞希のお母さんも例外はなく。俺はコバの頭を叩きたくなった。
「あら陽ちゃん、そんなとこにいたの?」
ふわりとこちらを振り返ったお嬢様風にハーフアップしたコバのお母さんは、旧家に嫁いだだけあって立ち居振る舞いや喋り方がおっとりとして上品だった。これはよく母さんが言っていたことだけど、その通りだと思う。
「うん。焼きそば待ってる」
「そう。そこにアイスがあるけど食べる?」
手のひらを上に向けた手で淑やかにコバのお母さんが指し示したのは、アイスが入っているらしいクーラーボックス。
「うんっ!食べる食べる!」
コバは無邪気に答えた。
「食べすぎてお腹壊さないようにね。陽ちゃんはお腹弱いんだから気をつけなきゃ。みんなもどうぞ」
とコバのお母さんにお呼ばれされ、みんなそれぞれ懸念のある思い思いの表情で、クーラーボックスを開けてアイスを配るコバのお母さんの元へ歩いていった。
先頭を切ってお母さんに射的で取った小さなクマのぬいぐるみをあげたコバにアイスが最初に渡され、瑞希、涼介、やまぶー、そして遠慮して来ずもう一度呼ばれてやっと来た芦北と芦北の妹、俺の順番でフルーツ系のアイスが渡されていったが、俺の後ろにいたせいで姿が見えなかったのか健輔だけアイスを貰えなかった。
「アイスもう一個貰えます?」
俺はすぐにコバのお母さんに言った。
「…え?あ、あぁ…はい」
コバのお母さんは一瞬うろたえたような素振りを見せたが、ちゃんとアイスを手渡してくれた。そのアイスを俺は振り返って健輔に渡す。
「ほらよ」
「おぉ…サンキュ」
健輔は珍しく遠慮気味に受け取った。
「ちゃんとありがとうございますって言ったの?」
突然のお叱りに顔を向ければ、そこには涼介のお母さんがいて、
「いったよ」
そう言われたのはどうやら息子である涼介みたいだった。
涼介のお母さんが怒り、涼介が不貞腐れたように返事をする。このやり取りは小学生の頃からなんだか目にしたことがある。涼介のお母さんは礼儀とか勉強とか涼介とか何かにつけて厳しい印象があった。俺の母さんがよく茅野さんは教育ママだって、難関校を目指すお受験番組を見る度に言っていたのを思い出す。
「夏休みの宿題はやったの?塾の復習は?」
「やったよ」
問い詰めるように聞いてくるお母さんに涼介は不機嫌に返す。
俺は涼介に尊敬の念を抱いた。塾の復習だけじゃなく、夏休みの宿題までやっているなんて。俺なんて夏休みの宿題なんて一ミリも手をつけていないのに。夏休み最後の一週間でやろうなんて思ってるくらいなのに。
「夏期講習始まるんだから、遊んでばっかりいないで」
お母さんになじるような鋭い眼光と共にそう圧するように言われた涼介は、微かだが下唇を噛み締め、何か言いたそうだった。だけど、結局何も言い返さなかった。
「お母さんはどう?」
そんな涼介に満足したのか、納得したのか、涼介のお母さんは俺に声をかけてきた。するとお母さん連中はどこか芝居かかったように思える、眉尻を下げた憐れんだ顔をつくって俺を見つめた。
「あんまり…」
母さんの状態を詳しく伝える必要もないと俺は短くそう答えた。
「そうよね…」
と涼介のお母さんも言葉短めに返してきた。
「こんな田舎でこんな事件が起こるなんてね…」
涼介のお母さんは同意を求めるように俺からお母さん連中の方に体を向ける。
「はやく犯人が掴まればいいですよね」
コバのお母さんが口元に手を添えながら同調する。
「こわいですよねー。わたしなんて最近何回も戸締り確認しちゃいますもん。やすやす寝られないですよね。この事件のせいで」
無口の息子と正反対の瑞希のお母さんは口がつりそうなハキハキと歯切れの良い口調で同調を重ねたあと「何かあったら言ってね。力になるから」と俺の顔を覗き込み言った。
俺はその言葉を鵜呑みにすることはできないなと思った。言ったところで力になってくれる気もしなかった。だって放たれる言葉の節々に小さな棘が散らばり過ぎてる。気のせいだって本人に言われたら、そんなことないって確かな証拠を持って否定なんてできないけど。
そんな瑞希のお母さんの腕には母さんが付けていたPTAと書かれた赤い腕章があって、あぁこの人がお母さんの代わりなのかと冷ややかに思ってしまった。
「みなさんお疲れ様でした」
そこに担任の永尾先生がお母さん連中に挨拶をしに来た。
「まだ終わってませんよ」
とコバのお母さんにすぐ返され、お母さんたちに笑われた永尾先生は恥ずかしそうに頭を搔く。
「この暑い中…えぇ、こんな時に、えぇ、みなさんのおかげで、あの、この夏祭りは、あの、成り立っていますので…本当…ありがとうございます」
自分が受け持つ生徒の親だからだろうか、永尾先生はいつもより腰低く感謝を述べる。
「いえいえ、こちらの方こそ。先生たちの力添えがあってのことですので…来年もよろしくお願いいたします」
涼介のお母さんも礼儀正しく頭を下げた。
「夏祭りが終わった後こんなことがあったから、去年ほど盛大ではないですけど…軽い打ち上げをすることになってるんです。よかったら、永尾先生もどうですか?」
と瑞希のお母さんが永尾先生を誘う。
「いやいや自分は…」
「お酒強いって聞いてますよ」
「そんな …」
「真鍋先生も来ますよ」
瑞希のお母さんは口に手を添えてからかうようにそう永尾先生に言うと、お母さん連中からくすくす笑いがおきた。親たちも真鍋先生と永尾先生の噂を知っていたのか、と俺は隣にいた健輔と顔を合わす。
「豪酒の保健室の先生も来ますし…あ、言ってるそばから、野中先生!」
瑞希のお母さんがタイミングよく近くを通りかかろうとしていた野中先生を呼び止めた。野中先生は足を止め、こっちに向かって愛想良く会釈する。
「今年も先生の一気飲みたのしみにしてますよ!」
「勘弁してくださいよー」
瑞希のお母さんのからかいに野中先生が目尻を下げた、困った顔を見せると、何が面白いのか大人たちは声を上げて笑った。俺は野中先生の俺たちには見せない表情や態度に少し戸惑いと猜疑心を引き起こされている。
「守沢さんといつも対決してたじゃないですか」
コバのお母さんから不意に出された自分の母親に少し俺の心臓の拍動が小刻みに早くなる。
「強いんですよね守沢さん」
「そうなんですか?」
永尾先生が驚く。
「永尾先生なんかすぐやられちゃいますよ。僕もいつも負けちゃうんで」
「でも、今年は対決できませんね…」
コバのお母さんのひと言で、弾むように軽かった空気が沈むように重くなった。大人たちはその空気に馴染むような浮かない顔つきになる。
「あんな……縁起のいい虹が出てた日に、あんなことが起こるなんて思わないですよね……」
涼介のお母さんが周りに同意を求めるようにお母さん連中の顔をしっとりと見ていく。
「ねぇ…」
とコバのお母さんが、
「ほんとですよねぇ…」
と永尾先生が小さく同意した。
そんな同意とか同調とかの前に涼介のお母さんが言っていた虹を見てもなければ、出ていたことさえ知らなかった俺は近くにいた涼介に本当のことなのか確認する。
「虹なんか出てたか?」
「出てたよ」
涼介ははっきりと答えた。その横で妹の手を繋いでいる芦北にも目を向けて問えば、
「川に行くとき……学校の前で、見た。もう消えかかってたけど…」
と気まずそうに答えてくれた。
「夕立があったからじゃん?」
やまぶーが言う。
「あーあー急にあれ降ってきたよな。ざーってひどかったわ」
やまぶーの指摘に健輔が呼応する。夕立もあったのか、それも知らなかった。だからあの日紘斗を探し歩いた時やけに草の匂いがしたのか。合点がいった。
「コバと瑞希は見たか?虹」
何気なく訊けば、瑞希はゆっくり首を振って見てないと言った。
「……見て、ない」
コバも黒目を落としていきながら、瞬きを繰り返し瑞希と同じだった。
「オレも見てねぇよ」
夕立があったのは知っていたが、やまぶーも同様に虹を見てなかった組らしい。
「虹なんか出てましたか?」
すると俺と同じようなことを野中先生が後追いでお母さんたちに訊いた。
「出てましたよ。私が学校から帰るとき。だから…十七時時半くらいだったかな」
と当時の記憶を手繰り寄せるように斜め上を見ながらコバのお母さんが言った。
十七時半って紘斗が殺された時間帯じゃないかと、俺はみんなと顔を見合わせた。
「そうだったんですか?実は私も虹見てないんです」
瑞希のお母さんが大袈裟なくらい惜しそうな顔をする。
「あ、そうなんですか?僕はちょうど事務員の川島さんとお茶会しているときに見ました」
永尾先生が眼鏡を押し上げて少し自慢げに言った。お茶会って。
「そうか…あんまり外を見てないから気づかなかったなぁ」
という名残惜しそうな言葉と裏腹に野中先生の口調はどうでもいいような感じて感情が乗っていなかった。
しばらくして主婦たちの井戸端会議から野中先生と永尾先生が離脱していった時、俺たちと大人たちの間を裂くようにクーラーボックスを持ってきた誰かのお母さんらしき人が通った。
俺は亡霊かと思った。こうやって目の前に現れるまでその存在を認識できなかった。でもそれもしかたないか。存在感だけじゃなく、なんだか服装も全体的に簡素で地味で暗くて人に見つけられるのを嫌がっているようだった。真夏なのに厚手の長袖を着ているのも少し違和感を抱くし、顔を覆い被す艶がなく分厚い海藻わかめみたいに波打ってる白髪が混じった髪もやけに悪目立ちしていて、独特な雰囲気を醸し出していた。
「あ、芦北さん!芦北さんもこの間の虹見ました?」
そんな誰かのお母さんらしき人にコバのお母さんが努めて明るく声をかけたが、
「見てないです」
と無愛想を極めた無愛想で即答し、そのまま愛想笑いひとつせず、どこかへ行ってしまった。
「なんだアレ」
心もとない歩き方で遠ざかっていく誰かのお母さんを気味悪げに見ながら健輔がポツリと本音をこぼす。
そんな健輔の後ろで、同じように去りゆく誰かのお母さんの背中に目をやりながら、唇を内側に巻き込んでいく芦北が見えた。
「芦北って呼んでなかった?」
やまぶーの指摘にみんなが一斉に芦北の方へ顔を向けた。
「もしかして、芦北の母ちゃん?」
どことなく聞きづらさはあった。だけど俺は訊いた。
「そう」
すると芦北は、お母さんと似たように素っ気なく短くそう返してきた。
それから人数が増えたり減ったりしながら繰り広げられた、ご機嫌の取り合いに思える大人たちの上辺だらけの会話を俺たちはアイスを食べながら、またはアイス棒を口に加えながら、冷めきった焼きそばを頬張りながら、なんとなく見ていた。
「あれ?陽ちゃん、なんか服濡れてない?」
ひと休憩に俺らの近くのダンボールに置いてあった水筒を飲みに来たコバのお母さんが、焼きそばを食べていたコバに訊く。今更?と俺は思った。
「どうしたの?」
「みんなと水風船で遊んだ」
「あ、もしかして体育館前で暴れてた男の子たちって陽ちゃんたちなの!?」
「うん。たぶん」
いやたぶんじゃなくてそうだよっと俺は心の中で言った。
「もおぅ…」
コバのお母さんは批判的な目で俺たちを見ていく。特にコバ以外の俺たちに向けられた目は批判というよりなんか一方的な非難に思えた。
「人に迷惑をかけるようなことしちゃいません」
「……ごめんなさい、ママ」
コバは焼きそばを口に含んだまま謝った。
「風邪ひいちゃうでしょ?」
「夏だからすぐ乾くよ。ほら、もうほとんど乾いてる」
と言って、コバは上着を少し捲り上げる。
「それどうしたの?陽ちゃん」
するとすぐコバのお母さんがコバの腰辺りを指さした。
「なに?」
「横のお腹にある、その傷」
つられて見てみると、横腹に薄らだが五センチほどの真一文字についた傷があった。その傷は確か屋敷に入る時に負ったものじゃなかったけ、と朧気に記憶を探る。
「狭いとこ…入ろうとした時に出てた釘みたいなので…」
「引っかいたの?」
コバが言う前にコバのお母さんが先読みした。
「うん」
「消毒した?」
「うん」
「薬は塗った?」
「うん」
「ちゃんとガーゼで抑えた?」
「うん。やったよ」
「もう言ってくれればお母さんやったのにぃ」
「ごめんね」
過保護だな、親子の会話を一通り聞き終えた涼介がぼそっと放った一言コメントに俺は声にはせず激しく同意した。
「あらぁ!」
「どうも登場です!何やってるんですかこんなとこで!」
耳に飛び込んできたお母さんたちの歓声と一瞬にして場を明るく照らす朗らかな声に俺は感電したように声の出元に顔を向ける。
「わたしの悪口なんて言ってないですよね?」
真鍋先生は茶目っ気たっぷりの目つきでお母さんたちを見回していく。
「言ってるわけないじゃない!夏祭り終わった後の打ち上げの話とか虹が出てたねーとかそんなくだらない話ばっか!」
「なんの足しにもならない話ばっかよ!」
瑞希のお母さんに加勢するように涼介のお母さんが笑いながら言う。
「あぁ〜虹出てましたよね!久しぶりに見ましたよ!職員室の窓から!なんか丸くなかったですか!?」
と真鍋先生は抜群の笑顔で興奮気味に言った。そして、綺麗な虹でしたよね、と無邪気に手を円を描くように動かしてその時の虹を表現した。少し可愛らしかった。
真鍋先生が加わった井戸端会議はさっきより陽の気をたっぷり孕んで賑わった。特に瑞希のお母さんは瑞希とちがって底抜けに明るく先頭を切ってよく喋っていた。
そこから俺たちも居続ける理由もないし、フレームアウトしてあてもなく歩き出した。
「お母さんの代わりに瑞希のお母さんがPTAの会長なんだね」
「らしいな」
「瑞希のお母さんが腕につけてた赤いアレってPTA会長の証ってことなんだよね?」
「みたい」
「会長以外はつけられないの?」
「くわしくは知んないけど。そうらし。他のPTAの人は黄色らしいよ」
「……そっか」
横にいたコバとそんな会話を交わしながら。
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