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「もうそろそろ盆踊り始まるな」
健輔の言葉に校庭の真ん中に目をやれば、そびえ立つやぐらの中に法被を着た子供たちがぞろぞろと入っていくのが見えた。
山の裏に夕日が追いやられかけた、ちょうど夕暮れと夜のあいだ。感情的で開放的だった昼間の暑さが和らぎ、髪や肌を撫でる風が少しだけひんやりとして気持ちよくて、その過ごしやすい穏やかさになんだかほっとした。
びしょ濡れだった服もほとんど乾いていた。ついさっき見上げた時はまだ日が名残惜しくいた浅い青紫色だったのに空もあっという間に変わった。ただの飾りに見えた無数の提灯も本来の力を発揮して祭りに可憐な赤い花を添えている。
黒い雲と共に、夏祭りの味方をする濃い紺色が、俺たちの頭上まで埋めつくしていた。
「で、なに食うよ?」
健輔の声で俺は空を仰ぐのをやめる。
屋台の前にぶら下げられたメニューに目を流していく。レモン、メロン、いちご、ブルーハワイ。俺たちは健輔の希望でかき氷を食べることにした。夏祭りに来てかき氷を食べないなんて、焼き魚に醤油をつけないのと同じくらいおかしいらしい。口にはしなかったが、例え方が下手すぎると思う。みんなの表情とリアクションからしてピンとは来てなかった。でもまぁ夏祭りにかき氷は避けては通れない通過儀礼だろう。
「俺、ブルーハワイで」
「おれはいちごで」
「オレより先に決めんじゃねぇよ」
やまぶーとコバの抜け駆けに健輔が子供みたいに怒る。
「そうだよな。お前が奢るんだから。俺はメロンで」
そこに俺は宥めに入る。
「オイッ!だから俺より先に頼むんじゃねぇ!奢らねぇからな!」
と言いながら、健輔は俺と同じメロンを頼んだ。
「マネすんじゃねぇよ」
「いやテメェがマネしたんだろうが。オレ様は屋台に来る前からメロンって決めてたんだよ」
「俺は夏祭りに来る前から決めてた」
「ウソつくな!かき氷は別にいいかなぁ〜っとか言ってただろうが!」
俺と健輔が犬も食わない言い合いをしている横で、涼介と瑞希がブルーハワイとレモンを頼むのを認識しながら、俺はふと少し離れたとこにいる芦北と芦北の妹がかき氷を頼まないことが気になった。ほんと、ふと。
「芦北は食べねぇの?」
俺は上半身を捻って芦北に訊く。
「わたしは大丈夫」
そう返してきた芦北の横で芦北の妹はかき氷の屋台にチラチラと目をやっていて食べたがってるように思えた。
「健輔が奢ってくれるぞ」
「なんで俺がこんな女に奢らなくちゃいけねーんだよ」
健輔の威圧もあって芦北は「大丈夫。そんなに食べたい気分じゃないの」とちらり妹を見てから頭を振った。
「そう…」
と俺は捻っていた体を屋台に戻す。
女子ってこういう時ってなんのかき氷を選ぶんだろう。まったくわからない。無難のいちごか。いやでも一応女子の母さんはブルーハワイしか食べないしなぁ。いちごがあんまり好きじゃなくて。
色々考えて俺はブルーハワイといちごのかき氷を受け取るやまぶーとコバの横でレモンを二つ頼んだ。
俺はメロンのかき氷を食べながら待ち、出来上がったレモンのかき氷を芦北と芦北の妹に手渡した。
「…あ、ありがとう」
「ありがとっ!」
芦北は一瞬驚いた顔をしたが、すぐはにかむような笑顔を見せた。芦北の妹も弾け飛ぶくらいの笑顔でレモンのかき氷を受け取った。
やっぱり姉妹なんだな、と俺は思った。二人とも同じとこにえくぼが出ていて、笑顔がとてもよく似ていた。いつも表情にしろ、態度にしろ、どことなく独特の陰の気が強かったのだけれど、その笑顔で何でか芦北が初めて普通の女の子に見えた。
自分たちがめちゃくちゃ暴れまくったがゆえに怨霊山脇がまだ徘徊しているかもしれない体育館前の段差にまた座り込んで、俺たちはかき氷の山をストローのスプーンで削って崩していた。なかなかの勇者だと思う。そして隣の勇者は一際馬鹿な勇者だ。かき氷を漫画みたいに一気にかきこむ岸谷健輔、コイツのことだ。
「頭痛えぇぇえー!」
そうなることは予想できただろう襲来してきた痛みに健輔は額に手を当てながら仰け反る。
「でもこの痛みがクセになるわー!」
「ドMか」
「ただの馬鹿」
正真正銘の馬鹿に俺と涼介はかき氷を口に含みながら呆れ返る。
俺たちがルールを破りまくった水風船が浮かんでいたビニールプールは跡形もなく無くなっていた。水風船が売り切れたのか、俺たちが使い果たしてしまったのか、真相はわからないが、少し申し訳ない気持ちと祭りの終盤にさしかかっているのだとさみしくなった。そんな時だった。
「仲村さん、活き活きしてるわねぇ」
「やりたがってた会長になれたからじゃない?」
嫌味を孕んだ大人たちの会話が聞こえてきたのは。
「守沢さんと喧嘩したらしいからねぇ。あの事件があった日」
「あー…そうなの?」
「そうらしいよ。山田さんが言ってた」
「よりによってあの事件があった日に?」
「怪しいよねー。怪しいって言ったらあの人もじゃない?」
「あの人?」
「芦北さんよぉ」
「あーあー。確か芦北さんも守沢さんと揉めてなかったけ?守沢さんの友達の戸坂さんになんか高額のアクセサリーを売りつけたとかで」
「あぁほんと?くわしくは私も分からないんだけどね、どっかの宗教の勧誘をしつこくしてて、どうにかしてくれって他のお母さんたちから相談された守沢さんが、ほらPTA会長もやってるから、それもあって芦北さんに結構キツく怒ったって聞いた」
子供だからって油断しているのだろうか、誰かの親らしき大人二人組は俺たちから五歩くらいの距離でそんな会話を繰り広げた。俺たちはシロップと融合していく氷を啜るように、スプーンごとか溶かすように食べながら、名前が出た芦北と瑞希に目を向けた。
二人は気まずそうにかき氷と向き合っていた。
「こんなとこで新たな容疑者浮上とはな」
配慮なんて言葉が自分の辞書にはない健輔は二人を見ながら、シロップだけのかき氷を大げさに音を立ててすする。
「ホントかどうか分かんねぇだろ」
「……瑞希のお母さんと、喧嘩したっていうのはホントだよ」
やまぶーの擁護を覆すようなコバの発言に、俺たちは一斉にコバの方へ顔を向けた。
「理由はわかんないけど……喧嘩して会議の途中で怒って帰っちゃったって、お母さんが言ってた」
コバは俺たちの視線にたじろいだように瞳を泳がし、瑞希に対して気が引けた様子でそう話し、かき氷をすする。
「途中で帰ったって何時頃?」
涼介がコバに訊く。
「えー…PTAの仕事はほとんど十五時半から十七時までだから、その前に帰ったんじゃないかな。そごであんまくわしくは聞いてないんだよね。晩ご飯作ってるときに軽く愚痴ってたのを聞いたぐらいだから」
「そうなると大体十六時くらいか」
「そんな感じじゃない?」
コバはあまり関わりたくないといった顔で肩をすくめた。
「瑞希の母ちゃんもアリバイはねぇってことか……」
やまぶーがカップの中のかき氷をスプーンで混ぜて身を縮こませてる瑞希を横目で気にしながら言った。
「そんなこと言ったら同じPTA役員のコバの母親も慧人の母親もアリバイはないだろ。十七時に解散してるんだから」
「慧人の母ちゃんはねぇだろ。さすがに」
涼介の情に流されない冷静で論理的な指摘に、やまぶーが否定的に言った。特に俺の母さんについて。
「瑞希の母ちゃんとはもともと仲が悪ぃんだろ?慧人の母ちゃん」
健輔にそう問われ、俺は「あぁ」とだけ答えた。
「瑞希の母ちゃんは強力な容疑者だな。それと、同じようにトラブってる芦北の母ちゃんもな!」
健輔は自分の推理に絶対的な自信を持っている探偵のように地面から立ち上がって芦北に指を突きつける。
「怒られたんだろ?慧人の母ちゃんに」
健輔が芦北に投げかける。
「よく…わからない」
芦北は心配そうに姉の顔を覗き込む妹の横で弱々しく言った。
「チッ、なんだよわからないってテメェの母ちゃんだろうが」
そんな芦北を健輔が責める。
「芦北のお母さんって太鼓の係じゃなかった?俺の母親が太鼓のことを電話で話してたとき、名前を聞いたことがある気がするんだけど」
俺が訊くと、
「……うん。和太鼓の経験があるから……任されたって。本当は、押し付けられたんだろうけど……」
芦北は自分の母親を自嘲するようにちいさく笑った。どこか寂しげに。
「太鼓の係なら芦北のお母さんはアリバイはあるよ。たぶんね」
「……そう、かな」
涼介に労るような言葉をかけられても、芦北はお母さんを信じていないみたいだった。
「おいおい勝手に決めんなよ。コイツの母親は事件を起こす立派な理由あるって言ってんだろうが!」
健輔がまた芦北に向かってぶっ刺すように指を突きつける。
「人の親をゴチャゴチャ言う前に自分の親はどうなんだ」
頭ごなしの健輔に涼介が呆れた目つきで見る。
「俺の親は俺以外慧人と接点なんかねぇんだから事件と関係ねぇわ!前も言っただろうがッ!」
健輔の言う通り、健輔は俺の親や紘斗と会ったことがない。俺も健輔の親と会ったことがない。なんなら家だって知らない。健輔は俺の家を知ってるけど、いつも玄関前までで中に入って遊んだことはない。だから本当に接点が俺以外ない。親同士も接点はないと思う。
「で、アリバイは?」
それでも涼介は追及する。
「ムカつく野郎だな。その日はっ、仕事が休みで家に居たわ」
「要はアリバイはないってことでしょ。容疑者浮上だな」
「十七時四十五分!四十五分に!母ちゃんがトイレ行ってんの見てっから!容疑者じゃねぇわ!お前の母ちゃんこそどうなんだよ!?潔白だって言えんのかよ!」
健輔は逆切れのように自分の母親の身の潔白を訴え、オウム返しに涼介に問い質す。
「俺の母親は十四時半から十八時半まで太鼓の顧問だから体育館に居たよ。ずっとな。証人もたくさんいる。お前とちがって」
嫌味ったらしく健輔にそう言う涼介の横で、俺は体育館で太鼓の指導をしていた涼介のお母さんの姿を思い出していた。
「下校のとき涼介のお母さん見てるわ俺。お前も見ただろ?」
と健輔に問えば、健輔は認めたくないというかのような抵抗を感じさせる表情を浮かべ、ぷいと顔をそらした。
「ちなみにオレの母ちゃんは朝から夜二十一時まで仕事デシタ」
そこにやまぶーが割って入ってくる。
「一番怪しいのは瑞希の母ちゃんと芦北の母ちゃんとコバの母ちゃんだな」
涼介への攻撃が不発に終わった健輔は御用達のコバで憂さ晴らしをしようとしている。
「おれのママがそんなことするわけないじゃん!」
でたらめに疑惑の目を向けてる健輔に、コバは母親の愛からか興奮気味に立ち上がって抗議する。
「どうだか。人は見かけによらねぇからな」
本当に大人気なく、健輔は意地悪く眉を弾きながらコバを煽った。
「あれ!?岸谷じゃ〜ん」
そんなグッドタイミングなのかバッドタイミングなのか、騒がしい女子軍団が俺たちの前を通りかかった。
「あぁ?あ、成実かよ」
「成実かよって何。私じゃなんか悪いワケ?」
鬱陶しそうにしぼめた健輔の鋭い目を、キツい性格が丸出しの成実の見開いた強い眼光がねじ伏せる。メイクなのか目が真っ黒く煤けていたからいつもより余計に眼力がある。
通りかかったのは同級生の成実が率いるクラスの女子の中でも喧しい部類の女子たちだった。
「わるくないわるくない」
成実に向かって、俺は当たり障りない感じで扇ぐように手を振った。
「あ、守沢〜」
「はいそうです守沢〜デス」
「久しぶりじゃん」
「久しぶりデスね」
「ねぇバカにしてない?いちおう心配してんだケド」
「バカにしてないバカにしてない。それはどうもアリガトウございます」
俺は唇を尖らせ、クイッとニワトリみたいに頭を動かし礼をする。
「ま、いいよ。この後草部たちと合流するんだけど、健輔たちも来るでしょ?」
「行かねぇよ。俺らは俺らでやることあんだよ」
「なによ、やることって」
成実は健輔の同行拒否を聞き入れず、体育館前の段差に座る俺たちを品定めするように順番に見ていく。成実の視線はわかりやすく涼介のとこで一瞬つっかえたが、流れてゆき、芦北のとこで眉が寄ったと同時にピタリと止まった。すると成実はいきなり健輔の腕を引っ張って俺たちと距離を取る。その二人の間に成実軍団数人が金魚のフンみたいに割り込んでいく。
「なんであの子いんの」
「勝手にくっついて来たの?」
距離を取っても会話は丸聞こえだった。その前にあの歪んだ顔を見れば、あまり良い話じゃないってことはわかる。
「知らねぇよ。なんかいつの間に勝手にいやがんだよ」
健輔も本音丸出しの配慮のない男で、俺は思わずため息をついた。
そして、標的にされている芦北を見てみる。
頭を垂れさせ、背中を丸め、かき氷のカップの中をスプーンでかき混ぜて、自分の存在がこれ以上角を立たないように息をひそませていた。
厚めで真っ直ぐに切り揃えられた前髪に半分隠された、暗闇の中で浮かぶ芦北の横顔は口を真一文字に結んで無表情に張り詰めている。静かに耐え忍んで過ぎ去るのを待っているように思えるし、同時に静かに反抗しているように思えた。
その姿はさっき会った芦北の母親の姿と重なった。どこか地味で暗くて人に見つからないように丸まった背中も、毛量の多い髪も、ふと訪れる無表情も、ほかの人には無い独特な雰囲気も、まるで合わせ鏡のようだ。
ちらと見た顔も似てるけど、向こうはやつれていてこっちは若々しかった。まあそれもそうだろう。年月の差があるのだから。
芦北は目が大きいとか鼻が高くて筋が通ってるとか自己主張が激しい華やかな顔立ちではなく、一度見たら記憶にも残るわけでも、心を奪われるわけでもない、これと言って特徴もないのだが、卵型の輪郭、ほどよい幅の二重の目、小ぶりな鼻、ゆで卵みたいにぷりんとした赤らんだ頬、上下均等の取れた唇、パーツ一つ一つが無駄なものがなく、バランスが良かった。よくよく見ると、整っているのだと思う。美人というより、可憐って言葉が似合う。
例えるなら、桃だ。うん、桃に似てる。強く掴んだわけでもどこかにぶつけたわけでもないのに、いつの間にか傷ついて痛んでしまってるほど柔らかくて繊細な、果物の桃。
こういう飾りっ気なく整った容姿や悲劇のヒロインみたいな陰気で守ってあげたくなるような感じが陽気な健輔や勝気な成実は気に食わないんだろうなぁ、と俺はひとり分析する。
微妙な時期に転校してきてほとんどグループが出来上がってしまっている中、大人しく見える性格もあって仲良くなったり馴染むのが難しかったのかもしれないが、妙に怯えておどおどしたり、急に黙り込んで見つめてきたり、反して勇敢だったり、予想だにしない言動を取るその挙動不審さも人から敬遠される要因のひとつなのかもしれない。
そう思いながら芦北を見ていれば、いつの間にか健輔と気分があまりよくないコソコソ話をしていた成実軍団はどこかへ行ってしまっていった。他の仲のいい友だちを見つけて行っちまったと解放された健輔がご丁寧に教えてくれたが、その成実軍団と入れ代わるように今度は芦北のお母さんがやってきていた。芦北は心休まるときがないな、と思った。
「夜遅くまでなにやってるの。十七時までだって言ったでしょ。はやく家に帰りなさい。お父さんを待たせないで」
ちょっと風が吹いただけで飛んでいってしまいそうな神経質な姿で芦北の前に立って早々母親にしては冷たくそう言い放つと、芦北のお母さんは何かを訴えかけるように見上げる娘ふたりにすぐ背中を向けてどこかへ行ってしまった。
それから十秒後くらい。芦北は近くに置いてあった焼きそばが入ったビニール袋を持って「帰ろっか」と妹にやさしく声をかけた。
「……もうちょっと、いたい…」
妹はまだ残っている焼きそばを小さなクリームパンみたいな両手でぎゅっと握って言った。
「お家に帰って……焼きそば、食べよう」
芦北は妹の気持ちを汲んであげたそうだったが、母親の言うことを優先した。妹は、焼きそばを離さないまま、しかたなく立ち上がった。
「よーし!邪魔者はいなくなったな!それじゃ――」
そんな二人のやり取りを見ていたデリカシーのないオトコ健輔が意気揚々と立ち上がった同時に、ドンッ、という音が鳴り、腹の底を打たれる。
「祭林、始まったな」
「祭囃子な」
健輔の間違いを訂正して、やぐらの方を振り向ければ、ちりんちりんとすり鉦と笛の音が混ざり、校内が祭囃子に満たされ、詰めかけた人たちが無邪気に色めき立った。
「オレ様を呼んでやがるなぁ」
短い袖まくって、髪をかきあげ、やぐらを囲むように浴衣や甚平を着た大人や子供が輪になって踊り出した盆踊りに向かって何だか格好つけたご様子の健輔が一歩前に出る。
「踊んのかよ」
「踊るに決まってんだろ!」
俺の問いに健輔は人差し指と親指でL字を作った手を高く掲げ、腰を左右に振る。恥ずかしいくらいやる気満々だった。
「毎年盆踊りしてる常連さんだぞ!」
「常連さんって…」
「よっしゃ行くぞテメェらぁああ!」
「仲間に引き入れないで〜」
という俺の声を耳に入れることなく、健輔はやぐらに向かって走っていった。
「MORISAWA!エム・オー・アール・アイ・エス・エー・ダブル・エー!モリサワッ!カモン!!」
健輔は綿菓子を作るように人が流れていく盆踊りに割り込み、俺を迎えに来た時に持っていたマイクの効果音を響かせながら、ランニングマンダンスをして盆踊りの輪の近くで立っている俺に近づいてくる。
「カモンじゃねぇわ!ココはフェスじゃねぇんだよ!やめろ!はずかしっ!」
羽目を外し出し本格的に覚醒する前に健輔を窘めたが、
「モリモリ!Yeah!モリモリ!チェケラ!」
「それDJか?DJなのか?ヘタクソ過ぎないか?慣れないことするなコバ!健輔に乗せられるな!自我を保て!」
いつの間にか外していたあの七色に光るサングラスをかけたコバまで悪ノリし出して、
「もりティイイイ!!」
「お前に関しては何やってんの?何したいの?もりティってなに?」
綺麗に三人。やまぶーまであらゆる体液が染み込んだねじり鉢巻をして、ありもしないダンベルを持ち上げるような重量挙げみたいなポーズを取って俺をからかう。
「盆踊り踊れや!ほら!ほかの人の邪魔になってんだろ!つか、その恥ずかしいメガネとかマイクどこに隠してやがったんだよ!捨てたと思ってたわ!」
「ずっとポケットに入れてたよ」
あっけらかんとコバは言った。
「やまぶー。お前は潔くずっと付けてたな、その豆絞り」
「鉢巻きだよ」
「一緒だろうが」
俺はやまぶーの小さな反発を打ち返す。
それからバカ三人衆はルールと伝統を守っている人々たちが織り成す盆踊りの輪を乱すように自由奔放に、健輔は腰を振ってツイストダンスを、コバはフゥーとテンション高めに耳の後ろの眼鏡の先セルでリズムを刻みながらその七色に光る眼鏡を上下に動かし、やまぶーはどこぞやの民族ダンスらしきものをしてはしゃぎ倒した。
そんな奴らを俺は涼介と共に冷ややかな目で見ながら距離を取り、瑞希は困ったような苦笑で見ていた。
それから長い時間自分たちなりの盆踊りを楽しんだバカ三人衆は、「よーし、お前ら次に行くぞ」健輔の一声で盆踊りを切り上げた。
「次に行くってなんだよ」
服の袖で汗を拭いながらこっちにやってくる健輔に投げかければ、
「夏祭りに来たらやらなくちゃいけねぇコトだよ」
と眉を何度も弾き意味ありげに言った。
「なんだよ、やらなくちゃいけないコトって」
答えを知りたくて続けざまに訊くと、
「まぁまぁ焦んな焦んな」
健輔は俺の肩を寄せもったいぶった。そしてそのまま俺の肩を抱いて、やまぶーたちに行くぞと声をかけて、俺たちをどこかに連れていこうとする。ちょうどその時。幸か不幸か、俺の下半身に尿意が襲った。
「あ、しょんべん」
「っなんだよテメェ」
健輔は肩を組んだまま仰け反って、不機嫌な顔を俺に向ける。
「しょうがねぇだろう。自然現象だろうが。トイレ行ってくる」
俺は尿意解消のためトイレに向かおうと体をひるがえせば、その背後に健輔が磁石みたいにピタッと張り付いてトイレまでついていこようとした。俺はすぐさま健輔の頭を叩いて、それを封じる。
「なにやってんだよ!すぐ戻っから向こうで待ってろよ。ウゼェな…!」
「ホントかなぁ〜」
健輔はすぼめた目と浮気疑惑が持ち上がった男を信じきれない女みたいな口調で俺を疑う。
「いいから戻ってろ!すぐ行くから!」
俺は健輔の顔面を鷲掴みして自分から引き剥がし、しっしと手を振って追い払い、疑い顔で見続けてくる健輔を呆れつつ放置して俺はトイレに向かった。
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