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赤が、明滅を繰り返す。
俺たちの恐怖心を煽っていた、あの闇よりも黒かった木々が、山火事でもあったかのように赤く染まっている。
俺たちの前をせわしなく動き回っている同じ制服を着た人たちも、俺たちが順番を揉め進むことを軽はずみに選択した屋敷へ通ずるあの小さな入り口の前の道も、どこもかしこも、赤に呑み込まれている。
数えられないほど大勢の警察官が険しい顔つきで寄り集まっては何かを話し、どこか向かって声を張って伝達しながら早足で分散を繰り返す。
どこからか無線のくぐもった声が飛び交い聞こえてくる。だけどどれも、何を言っているのか俺たちには聞き取れなかった。
それは周囲に設置された強力なライトによって重厚な闇を払い明るみになった、思ってたより幅が広かった俺たちが歩いた道の端で泣いているコバもそうだろう。でも俺たちよりコバは、聞き取ろうという意思を持てる情緒でもなけば、余裕もない。
抱きしめるように膝を抱いた腕の中に顔をすっぽり入れ、泣いてうずくまるコバを屋敷からずっと付きっきりで同じようにしゃがみ込んだ女性警察官が慰めている。
そんなに怖かったのか……。そりゃあ怖いよな。コバは元々行きたがってなかったし、このメンバーの誰よりもこわがっていた。連れていかなければよかった、と今になって後悔する。
そんな笑顔なんか到底作れない緊迫した状況を、俺は眼球だけ動かして、呆然と眺めていた。
俺は、いや俺たちは、現実だと思えない目の前の光景と遺体を発見したショックで放心状態に陥っていた。横一列に並んで、声も発さず、体も動かさず、長いこと立ち尽くしていた。俺も、眼球以外、指一本も動かせないでいた。唾も飲み込まず。なんとか、息をしていた。
そんな中、気力を先に取り戻したのは健輔だった。
「なぁ……これ、夢か?」
俺の横で健輔は夢うつつな口調でぽつりとつぶやいた。
「……夢じゃねぇよ」
やまぶーが噛み締めるように言い返した。
健輔だけじゃなく自分にも言い聞かせるような言い方だった。
健輔の気持ちはよくわかる。これは夢でもなく現実で、何が起こったのかわかっているのに、何が起こったのか分からない、そんな矛盾した気持ちが混同していて、上手く落とし込められない自分がいた。
「こんなバカ多いパトカー見たことねぇよ」
健輔の言葉に、俺は眼球を羅列したパトカーへ流していく。
リズムを崩すことなく、一定の旋律で回ってるパトカーの回転灯が放つ、その禍々しい赤色はずっと見ていると目に染みてくる。だんだんと追い詰められていくような気持ちにさせられる。
そんなとき、ふと緊迫した空気が変異したのを感じた。ここにいる人間がはっと息を呑むような僅かな変化。
探ろうと視線を巡らせた途端、要因は俺の目の前を横切った。
担架に乗せられ、二人の警察官の手によって、紘斗の遺体が、屋敷から運び出されていていた。屋敷で発見した時と同じように、白い布で覆われて。
立ち尽くしているだけの情けない俺に何もなく、そのまま紘斗の遺体は、大勢の警察官たちの間を渡っていく。無言で、遠ざかっていく。
吸い寄せられるようにそれを見続けていたら、ふと二の腕をつつくようにたたかれた。
眼球だけじゃ届かなくて、なんとか少しだけ顔を動かせば、瑞希が眉を八の字にして心配そうな顔で俺を見上げていた。
どうした、それさえも声に出せないでいると、すーっと瑞稀は静かに俺の顔に指先を突き立てた。
「…血が、出てるよ」
向けられた指の理由(わけ)が分からず当惑していた俺に、そう教えてくれたのは芦北だった。
俺はさすらうように自分の頬に指を這わせた。すると「あ、ちがっ…え?」と芦北が戸惑った声を出した。
どうしたんだろうと目をやれば、
「痛みある?」
涼介がそう尋ねてきた。俺は力なく頭を振る。
「指についてるんじゃない?血」
そう涼介に付け加えて言われ、俺は自分の手を、また眼球だけ動かして見る。
血なのか断定はできないが、赤いものが指先にうっすらと滲んでついていた。
「ついてた?」
涼介の問いに俺は短くうなずく。
「もののけ姫のサンみたいに両頬についてるからあとで拭いた方がいいよ」
薄くついてるだけだからすぐ落ちるよ、と付け加えて、涼介は俺を励ますように、俺の姿に困惑しているように、片方の口角を引き上げ苦笑をした。
もしかしたら、紘斗の生死確認するために体に触れて揺すった、あのときについたのかもしれない。
この血は、そうか、紘斗の血か。
うっすらと赤く染まる、自分の右手の指先を見つめながら、俺はぼんやり思った。
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