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「あのさぁ、俺――」
突然話し掛けられたかと思うと、彼は思いがけないことを口にした。
「明日、引っ越すんだ」
「え? 引っ越し? 明日?」
心臓が激しく動悸する。
「うん。2人目生まれるから、今のところ手狭になってさぁ」
――え、待って、待って、待って。
一度にたくさんの情報が耳に飛び込んできた為、梨花の頭は処理しきれなかった。
引っ越しすること、結婚していたこと、子供がいたこと。
梨花は動揺が隠しきれなかった。
「えー!! 何で今まで言ってくれなかったんですか?!」
飼い犬に手を噛まれたような気分だった。
勿論彼には何の罪もない。
梨花が勝手に勘違いしていただけなのだから……。
「菅ちゃん、引っ越しちゃうの?」
近くで聞いていた店主が聞き返した。
――菅……さん。今頃知った彼の名前。
「寂しいなぁ……たまには顔出してよね」と店主が言うと「勿論ですよ」と菅は柔らかい笑顔で返した。
そして店主自らパンを袋に詰めると「餞別だよ」と代金を受け取らず菅に袋を持たせた。
管は丁寧に礼を言い、梨花には「またね」と言って去っていった。
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