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前妻の佳子が病で没して3年。
当時、4才だった亮介の中に、母親の面影がどの程度残っているのか、父子の間で改めて話したことはない。
修一は父親として、小さい会社だが役職付の中堅サラリーマンとして、周囲の助けを借りながら懸命に亮介を育ててきた。
その必死な毎日を応援し、明るい笑顔と思いやりにあふれた言動で支え励ましてくれたのが今の妻、百合だ。
百合は事務員として、修一の部署へ配属されてきた派遣社員だった。
さっぱりとした気さくな性格で、仕事と育児に疲弊しきった修一にさりげなく栄養ドリンクを差し入れてくれたり、修一が忘れていた資料をそっと揃えておいてくれたりと、百合の目立たないが継続的なサポートに修一は何度も救われ、勇気をもらった。
二人が魅かれ合い愛し合うようになるのに、そう時間はかからなかった。
そして1年前、二人は両親を招いたささやかな食事会と写真もないシンプルな葉書で友人たちに結婚を報告した。
修一の両親、百合の両親をはじめ、周囲は祝福し、前途の幸福を祈ってくれた。
もちろん、二人がいの一番に結婚の許可を求めたのは息子の亮介に、だった。
「いいよ」
それまでに何度も一緒に食事したり遊びに行ったり、泊りに来たりしていた百合が新しい母さんになることをどう思うか、くつろいだ土曜の夜の風呂で湯舟につかりながら修一が尋ねると、亮介はあっさりと頷いた。
「いいのか、本当に」
あまりに簡単に承諾され、修一は拍子抜けの思いで確認したものだ。
あれから1年。
百合と亮介は相手との距離感をたしかめながら、ゆっくりと互いの存在に慣れてきたように思っていた。
それが今頃になって。
亮介は「お母さんのゆうれい」を見たという。
修一は、なんだか裏切られたような、悲しい気分だった。
「お母さん、なにか言ってた?」
気が付くと百合が訊いていた。
「百合? おまえまでなに言い出すんだ」
冗談かと思ったら、百合は真面目な顔で亮介の顔を見ている。
「ううん。はじめは会えて嬉しかったけど、お母さん一度も笑ったことないんだ」
亮介は不安そうな顔で言った。
はじめは、という言葉に、一度や二度の幻覚ではないのだと悟って、修一ははじめて息子の言葉に現実感を覚えた。
「今も居る?」
百合はさりげない口調で尋ねた。
「いる」
「何してる?」
「お父さんたちの部屋の上の押し入れを指差してる」
迷いもてらいもなく、亮介は答えた。
「修一さん、開けてみて」
と百合が言った。
修一は立ち上がった。
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