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 和室の天袋は長らく整理をしていなかった。  病に倒れる前の佳子はきれい好きで、限られた収納スペースを上手に整頓して使わない季節ものや衣類をせまい天袋にうまく納めていたものだ。   「ん?」  鯉のぼりやクリスマスツリー、アルバムの束などが大小の紙箱に詰めて保管されている中、修一は見慣れた木製の箱を見つけた。  表面に女性の横顔とそれを取り囲むツルバラが浮き彫りされている小さな箱。  内部の部品が摩耗しているせいで開けてもメロディは鳴らず、錆びた蝶番がぎぎぎと耳障りな音をたてる古い物だが、それは佳子が大事にしていたオルゴールだった。   「子どもの頃に祖母に貰った宝箱なの。大切なものはみんなこの中へしまっておくのよ」  婚約指輪も亮介のへその緒も、佳子は大事にこの箱へしまっていたっけ。  なつかしさに思わず目が潤む。  このオルゴールに未練が残って佳子は彷徨っているのだろうか。 「亮介、開けてみろ」  息子に手渡し、百合に目顔で伺った。 「いいのよ、気を遣わないで」  百合は笑って頷いた。  ぎぎぎ  思った通りの音を立て、佳子のオルゴールは開いた。  だが修一の記憶とは中身がまったく違っていた。  そこには一葉のカラー写真と手描きの地図、文字のかすれたチケットの半券が入っていたのだ。 「これ、お母さん?」 「そう、かな」  写真には幼い女の子が夜景をバックに笑顔で写っていた。  大きな観覧車、煌びやかなメリーゴーランド、そして夜空に咲いた大輪の花火。  どうやらどこかの遊園地で花火大会の日に撮られたものらしい。  被写体は幼い佳子だろう。  どこか亮介にも似た面差しをしている。 「裏になにか書いてあるよ」 『もう一度、家族で』  震えた佳子の文字だった。病状が安定していた時期に、なんどか外泊の許可が下りた時、こっそり書いていたのだろうか。  我が家が一番、と笑っていたが、この遊園地へ行くことは二度とできないと悟っていただろう。  そう考えると鼻の奥がつんとしてくる。 「これが佳子さんの心残りなんじゃないかしら」 「どこの遊園地かな」 「ちょっと地図、見せて」 「うん」  百合と亮介が頭を寄せ合って話している。  修一は二人の手元を覗きこんだ。  地図には色鉛筆で海と陸地、陸地の突端に福引のガラガラみたいな観覧車、急流すべりに沢山の風船、外周をペダルで漕いで一周できる大空自転車などが丁寧に描かれており、幼い佳子が楽しかったこの日の事をなんども思い出して反芻していたことが見て取れた。  佳子の両親は離婚したと聞いているから、もしかしたら最後に家族で出掛けた思い出なのかもしれない。
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