① タクシーの中

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 勢いで話し始めたが、どう判断したらいいのか迷ったのだろう。運転手の混乱した様子が分かった。よくあることなので、静かに目を伏せた。 「相手は男性です。私も男ですがオメガなので」 「あっ……なるほど。お客さんは綺麗な方だし、声は低いけど、どっちかなと……すみません。私はベータで、周りも同じ性の者ばかりで……その辺りのことが疎くて……」 「大丈夫です。よく間違われますから気にしません」  すっかり身についた笑みを浮かべて見せれば、運転手から明らかにホッとしたような空気を感じた。  息苦しくなってまた外に目を向ければ、さっきと少しも変わらない景色が続いていた。  まるで自分の人生、どこまで行っても森の中。  終わりのない迷路のようだった。  この世には男女の性とは別に、三つの性が存在する。  人口の七割を占めると言われているのが、β(ベータ)性。  残りの二割はα(アルファ)性。  一割にも満たないと言われているのが、Ω(オメガ)性。  アルファとオメガは特有のフェロモンを発することで知られている。  アルファは男女ともに容姿や才能に優れ、社会的に高い地位の仕事に就くことが多い。  一方オメガは周期的に発情期がやってきて、その度に催淫フェロモンを撒き散らしてアルファをヒート(暴走状態)にしてしまうので、迷惑な存在として見られることが多かった。  しかしそれは昔の話で、今は科学の発展とともに効果の高い抑制剤が次々と開発され、安価で手に入れることができるようになった。  一部のアルファには根強く選民意識が残っているが、ほとんどの人々はオメガを手厚く保護し、大切にする意識に変わってきている。  そして俺、白奥諒(はくおく りょう)はそんな時代に生まれた。  白奥家は古くからある名家で、会社を経営している父親は優秀と呼ばれるアルファ、元女優の母はオメガだった。  代々白奥家の男子はアルファとして生まれていたので、俺もずっと自分がアルファであると疑わなかった。  それに小学生で受けた簡易検査ではアルファ性と出たので、当然のように信じて生きてきた。  昨今、低年齢での検査は誤差が生じるとして、問題化されていた。自分には関係ないと思っていたのに、その問題の通り、中学の時に受けた再検査で俺の判定は変わってしまった、それもオメガという結果に………。
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