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「そういえば、この辺りにもお客さんみたいに綺麗な顔をした人がいるんですよ。君塚というこの辺り一帯を所有している資産家で、戦国時代は武士の家系だったとか、元は華族だったとかの由緒正しい名家があるんです。そりゃこの辺じゃ有名も有名で、そこのご子息がまだ若いんですけど、お客さんと同じで女性と見間違うくらい美しくて……」
過ぎていく景色に目を取られていたが、その名前が耳に入ってきたら心臓がトクンと揺れた。
どんな人物かほとんど聞いていなかったが、思い浮かんだ名前を口にしてみた。
「もしかして、君塚佳純さんですか?」
「えっ……、そっそうです。あれ? お知り合いでした?」
「いえ、まだ………。名前だけ………」
「いやぁ、さすが君塚さんだ。都会の方にも名前を知られているとは。小さい頃からそりゃよく取材やらスカウトやらで佳純くん目当てで人が来ていましたよ。もしかしたら、そっちの仕事もされているのかな。一度見たら忘れられないですから」
そういえば見せてもらった略歴に、大学在学中にモデルの仕事をしていたと書かれていたのを思い出した。
テレビや雑誌などほとんど見ない俺は、特に関心もなく読み飛ばしていた。
思いつかなかったが、名前で検索すれば写真が出てきそうだなと思ってスマホを手に取ったが、バカらしいと思ってすぐにポケットに戻した。
どうせすぐに嫌でも会うことになるのだ。
今話題に上がっている君塚佳純が俺の婚約者で、これから結婚する相手なのだから。
「そういえばお客さん、オメガだったら、相手はアルファの男性なんですか?」
「ええ、そうです」
疲れてきたので目を瞑りたかったが、運転手は許してくれないらしい。矢継ぎに質問が続いてちっとも終わらない。
「いやぁ、羨ましいな。お客さんみたいな美人さんと結婚だなんて。お相手さんは鼻の下を伸ばして喜んでいそうですね」
「………どうでしょう、そうであってくれたらいいのですけど」
惚気だと取ったのか、またまたぁと言いながら運転手はゲラゲラと笑っていた。
俺の答えはその通りだ。
そうであってくれたらよかった。
もっと早く丸く収まる話だった。
大きな問題がある。
それは先方の希望は俺ではない、ということだ。
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